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2012.04.01 3月28日


南無妙法蓮華経
塩竈道場を、本当は7時半に出発するつもりが、ついつい名残が付きなくて、8時に出発となった。

花田お上人様や庵主様を始め、ご信者様方に見送られて今日も行進がスタートした。
快調な滑り出しで、45号線を目指し、松島方面に向かった。

陸前浜田駅でトイレ休憩し、松島の五大堂まで進む。
途中で観光客のおばさんに、遊覧船乗り場を尋ねられたりしながら、昨年は被害が少ないと言われながらもお土産物屋さんが閉まっていた松島も、もうすっかり今迄通りで、お客さんも戻ってきているようだった。

途中、海に向かってお題目の紙を撒く時に、昨日からお世話頂いている篠田さんご夫妻が来て下さって一緒に海に向かってご供養した。

高城町からお一人、女性の方がご参加されて、男性4名、女性4名となってにぎやかになった。

それから東松島に向かって歩き出すと、途中の手樽あたりで、天童さんご夫妻と岩井川さん、メルビンさんが秋田から昼食のご供養を届けて下さって、有難く楽しく頂戴した。

この方々は、毎年命の行進で大変にお世話になっている方々で、お顔を見るとホッとして、リラックス出来る。

歩く自分たちの事をいつも気遣って下さり有難い。

昼食を終えて、野蒜まで歩く。

ここの野蒜小学校では、体育館に避難した方々が津波に飲み込まれ、まるで大きい洗濯機のように渦を巻いていた、と話に聞くところで、野蒜の海でも数多く亡くなっている方々がいるとのことで、1年経って、悲しみや苦しみがさらに濃厚になってきた気がして気分が落ち込み気味になる。

小学校の体育館の前でお自我偈をお唱えして、亡くなった方へのご供養をしていると、終わってから、作業に来ていた方々が頭を下げて下さった。

それから本日の宿泊のお世話を下さった、定林寺様に向かった。

今日はこちらのお寺様で、旅館を予約して下さったので、まずお寺にご挨拶にお邪魔して、その後お茶を頂きながら、自己紹介を兼ねてご挨拶をした。

最後に一つ、質問させていただいたことがある。

それは、電話1本で我々の行進を受け入れて下さったけれど、それは何故か?

すると御住職は、一言。


「ここはお寺だから、頼まれればどんな人でも受け入れるのが当たり前・・・。」

とのことだった。

有難く感じながら、懐の深さを感じて心から感謝した。

今日の宿泊地は、定林寺様のご縁の旅館だった。お寺に泊めて頂くことはよくあるけれど、わざわざ旅館を手配して下さることはめったにないので、申し訳なく思いながらも、お世話になった。

旅館の息子さんから、震災当時の話を聞かせて頂いた。

その日はちょうど、野蒜小学校の近くにいたそうで、地震が起きてすぐに子供たちを探しに小学校に行き、すぐ近くの親戚のお宅の様子を見に行って、津波に巻き込まれたとのこと・・・。
おじさんが1階で寝たきりの状態で、2階に引き上げようとしたけれどどうすることもできず、諦めて、2階に逃げたけれど、そのおじさん自身もマットの上に横になっていたので、浮き輪代わりになって助かったそうで、何事もなくて本当に良かったと思った。

旅館では自炊をして、その後ゆっくりとお風呂で体を温め、休むことが出来た。
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