FC2ブログ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2012.03.24 3月23日
  

南無妙法蓮華経
岩誓寺様を7時半過ぎに出発した。

可愛いお孫さんのお見送りを受けて、尽きない名残を惜しみながらの出発となった。

歩き始めて広い通りで信号待ちをしていると、四つ角にあるコンビニに車を止めて、「写真撮ってもいいですか?」と女性が声をかけてきた。

こちらの事に関心を持って下さって、しばらく立ち話をしていると、その方もフェイスブックをやっているそうで、後でご覧いただくようにお願いして、「よかったらコメントしてくださいね。」とお願いした。

本日の行程として、仙台空港近くのトンネルを通った。ここは沢山の方々が車ごと津波に流されて亡くなった場所なので、心してお題目をお唱えしながら歩いた。

トンネルの真ん中あたりで、みんなで順番にお線香をお供えしてご供養のためのお経とお題目をお唱えした。


目には見えないけれど、人の思いがトンネル中に詰まっている気がして、何とも気持ちが重くなった。

去年も歩いたところなのに、瓦礫が片づけられただけで、ずいぶんと印象が変わってしまい、一瞬どこかわからなくなったりするけれど、色々なところでお話を聞くと、地元の方でも風景が変わって、目印となるものがないので迷うことがあると伺った。

その場所に住む方でもそうなのだから、自分たちがわからなくても無理はないようなもので・・・。

また、去年は慰霊ということで、緊張しながら歩いていたので、周りの景色に目を向けることはなかったけれど、今年は周りに遮るものが全くないので海や山がはっきりと眺めることが出来て、何とも複雑な気持ちになる。



発見された場所でご供養をさせていただき、お昼には閖上の公民館を改造?した「まちカフェ」という情報交換の場所で、昼食休憩をさせていただくことが出来た。

そこにいた伊藤さんと仰る女性から、昨年3月11日当時の生々しい体験を聞かせて頂いた。

その方は、なんとご自宅の前で津波にのまれてしまい、木にしがみついていたそうだった。

「もう、だめかもしれない」と思った時、一輪車が流されてきてすぐ近くで止まったそうで、その上に上がることが出来たので、水に浸かっていた体がさらに水の外に出すことが出来た時、「もしかしたら、助かるかもしれない・・・。」と思えたそうで、何かに助けてもらった、と思ったそうだった。

津波が来てから水に浸かり。たすけてもらえたのは夜中の12時を回っていたそうで、一番寒かったのは、救出のボートに乗っているときだったそうで、水に濡れた体が風で冷やされて、本当に寒くて大変だったとのこと。

地震から1年以上たつ今、その時に経験した出来事は、人の数だけある。

優劣を競うことはないけれど、そこで間一髪助かった方と、残念ながらなくなってしまわれた方がいるのも事実。

亡くなられた方の命を無駄にすることだけはしないようにしたい。



名取市役所まで歩き、市長さんに要請書を渡して頂くことにして、本日私たちを泊めて下さる、太田さんのお宅に移動した。

昨年も色々とお世話を頂いた太田さんのお宅で、本当に我が家のようにゆっくりと寛がせていただくことが出来て、昨年も行ったお風呂屋さんで、冷えた体をゆっくりと温めて帰ろうとしたら、おととしの「命の行進」でお世話になったという男性とばったり出会った。

その方は福島原発が見える場所にお住まいだった方で、今は宮城県の村田町に住みながら、原発反対の活動をしているとのことで、その方曰く「正しいことをしていれば、いつかこうしてまた縁がつながるんだ。」と仰って、先日福島でお世話になった新妻香織さんの事もよくご存じで、意識が研ぎ澄まされていると、色々な形でつながることが出来るし、ご縁も深まるものなのだと改めて実感した。

毎日が、本当に楽しく新鮮なことばかり。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://inochinokoshin2012.blog.fc2.com/tb.php/67-839050d9
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。