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南無妙法蓮華経

今年も3日間、お世話になった日蓮本宗本法寺様を後にして、歩き出した。
渡利を通っていくと、昨日も顔を出して下さった、熊坂さんという男性が、ご自宅から走って出てきて下さって、少しお話をした。

渡利は放射線量がとても高く、家の中でも0.8~2マイクロシーベルトあるそうで、避難区域かというとそうではないそうで、山の上の方から順番に除染が行われていくとのことだったけれど、避難したくても、行った先で仕事がなければ生活が出来ず、意味がないという現実があり、なんとも言えない・・・。

更に足を進め、公園で休憩していると、そこの植え込みに立てられている看板に

「この場所は、除染が終わりました。」と書いてあった。

でも、除染をしたからといって、すべて終わりになるわけではないし、今でも放射性物質がばらまかれている状況で、水に流し除染をしても場所が移るだけで、汚染された水が地下にたまり、海に流れ、汚染が循環していくだけの事。

そこに気が付かないのか、何も考えられないのか?


そこの公園で休憩の後、再び歩き出すと、今度は道端で二人のおばあさんに出会い、しばらくお話をした。

一人のおばあさんからは「今迄ここに4,50年いるけど、お坊さん方が歩いて来たの見たの、初めてだ。」と言われて、それぞれのおばあさんからお布施を頂き、また通りすがりのおばあさんからもお布施を頂き、疲弊して、苦しみの中にいる福島の方々は、顔では笑っていても、何かにすがりたいほど苦しんでいるように思えた。

途中、放射線量の高い霊山(りょうぜん)地区を車で移動し、距離を稼いで、相馬市役所に向かった。

いきなり飛び込みで入っていき、受付の方に命の行進の説明をして、市長さんにお会いできれば・・・、とお話しすると、残念ながらアメリカに出張中とのことで、企画政策課長さんが出てきて下さり、会議室に通されてお茶を頂きながらしばらくお話をすることが出来た。
震災後の今までの取り組みや、今後の展望などをお聞きしながら意見交換、とまではいかないまでも、こちらの思いなどもお話をして、とても有意義な時間だった。

でも。

話の中ででてきたり、一般的に使われているところの「基準値」という言葉、その国によってかなり差がある。

実際のところ、それこそ何を基準にしているのか。

考えてみれば、今回の震災や天災からなる低線量の長期被ばくは初めての事だから、誰にもどうしたらいいのかわからない。
どうすればいいのかという方法論はあるけれど、どれを当てはめればいいのかわかってはいない。

誰にとっても一番いい選択をすべきだと思う。


先ほどの企画政策課長さんは、実は今晩お世話になる方の家のすぐ近くにお住まいとのことで、昨年も我々の姿を見かけていたそうで、驚きながらも、不思議なご縁に感謝しながら市役所を出た。
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