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2012.04.19 4月16日


南無妙法蓮華経
昨日お世話になった前澤さんのお宅を出発する前に、ひとしきりお話を伺い、お宅の仏壇の前でご供養をさせて頂き、記念撮影をして出発した
人様の為に動く前澤さんは、さながらある意味仏様の様であり、そのお宅は道場の様だった。

行進の途中、菅野さんが来て下さって、本日の行進の最後までお付き合い下さった。

一緒に行進を歩いてくれているAKOちゃんが持っているビニールにかいたお手製の「脱原発」の看板をご覧になった方が声をかけて下さって、車での移動をお手伝い下さった。

昼食休憩は、矢向庵主様が探して下さった地元の商店で休ませていただき、お茶をごちそうになり、お店のご家族の方々と共に記念写真を撮った。

歩みを進めて田野畑町役場に着いてその後、すぐ近くに田野畑民族資料館があり、行ってみると月曜日で休館日であるにもかかわらず、中に入れて下さって、三閉伊一揆の20分ほどの映像を見せて下さった。

三閉伊一揆というのは、その当時の盛岡藩の過酷な年貢の取り立てに対して、どうすることもできなくなった農民が立ち上がり、17年の歳月をかけて、2度の一揆を成功させた史実で、その象徴となったのが「小○」(こまる)の幟。

農民の大半が字が読めないので、記号化した目印としての幟が、とてもいい。

「やめろ!」じゃなくて「困る」。

本当に、困る。このままじゃ困る。攻撃ではなく、このままではお互いに困るでしょ?

というニュアンスが心に響いて、この幟を持って、これからの行進を歩くことにした。
今はどうしても、平和活動やデモ行進はそれに関わる人だけのもの、という印象があるけれど、その当時、行動を起こさなければ生死に関わる。やむに已まれぬ状態というのはまさに「今」と同じ。

当時、農民の要求として四十九種があったそうで、それは「しじゅうくるしむ」という意味が込められているところに、苦しみの中にありながらも、ユーモアというか笑いの感覚があって、心の豊かさを感じた。


本日お世話になる宝福寺様には、94歳になるおばあさん、岩見ヒサさんがいらして、保健婦として田野畑に暮らしながら、原発が誘致されそうになったとき、年間の予算が当時5億だったのを、原発を受け入れてくれれば35億にする話をされて、村の男性は一様に、原発が何者であるかわからなくとも、僻地から抜け出せるという思いからもろ手を挙げて賛成した時、ヒサさんは女性たちの先頭に立って、原発がどういうものであるかをみんなに知らせる活動をしていかれた。

結果的に岩手には原発関連施設は一つもないということで、「今までの半生で原発が誘致されそうになるのを阻止できたことが一番良かった。」というヒサさんの言葉が印象的だった。

今日は特に、印象的な出逢いの多い、有難い一日だった。
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