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2012.04.19 4月13日

南無妙法蓮華経
小林さんのお宅から今日も一日が始まった。
久しぶりに晴れて気持ちがよく、歩いていて汗ばむほどだったのが本当にうれしかった。
例によって、出発前に一枚、記念写真を撮り、車移動で、大槌町役場に向かった。

途中トイレ休憩で立ち寄ったコンビニで、我々の太鼓の音を聞き、走って小高い丘の家から降りてきた82歳のおばあさんとお話が出来た。

ご主人を亡くされ、津波や地震の被害からは免れたけれど、お一人で暮らしているとのことで、それでも82歳には全然見えず、背筋を伸ばして軽い足取りで歩いておられた。

歩いていく中で色々な方と出逢い、交流が生まれていく楽しさや喜びは、いつも感じるところだけれど、今日は特に印象的だったのが、今日の行進の最終地点である山田町役場に向かう前と後に、「豊かな三陸の海を守る会」の田村さんをはじめとして、地元の住民の方にお集まりいただき、意見交換が出来たことだった。

今回行進者の中に、静岡県島田市から参加の方がいて、山田町からの瓦礫を受け入れている関係があり、島田市民の感情としては、受け入れたくない思いが非常に強くあるにもかかわらず、市長が瓦礫受け入れに関して支払われる交付金の為に、瓦礫を引き受けているという事実があり、瓦礫に関して、道で出会う山田町の人たちに尋ねてみると、ほとんどの人が瓦礫がどこに行っているかを知らなかったことに衝撃を受けて、町役場で対応をしていただいたときにその話をすることが出来た。

当然山田町役場の方は、島田市に対して感謝の気持ちを持っていたけれど、実は山田町の役場で島田市に直接依頼したわけではなく、岩手県に瓦礫の撤去を依頼した結果、島田市が引き受けた、という事実が明らかになった。

実際、山田町では、瓦礫を自力で何とかすることが事実上出来ず、巷で言われているような、雇用問題の解決の為、その場所でごみ処理施設を作り、その場に住む人を雇用することも難しいという意見が聞かれた。

仮設住宅に関しても、1700ある仮設を作ったのは全部外部の業者で、地元の大工さんは昔からの職人タイプの為、短期間でプレハブを大量に作る技術も材料も持ち合わせてはいなかった、にもかかわらず、早急に対応しなければならなかった現実もあったことを聞かせて頂き、現実の複雑さと難しさを目の当たりにした。

役場の方にはこちらの意見を受け止めて頂き、その後、田村さんの事務所で地元の方と改めてお話することが出来た。

地元の方のご意見としては、まず何よりも、瓦礫の事よりも生活再建を優先してほしい!という気持ちが強く、全国的な支援が受けられるなら、まず土台を撤去して、仮設ではない生活の基盤となる住宅を再建したい!ということだった。
それにはまず、土台をとってかさ上げをして、住む場所を確保すること。
海で暮らしている者は、いつも津波は覚悟しているとのことで、全くもってその通り、行政機関はまずもって瓦礫を撤去しなければ始まらないように動くけれど、被災地の状況を実際に見て何が本当に必要なことかを全く理解していないことに気が付く。

あまりにも復興に時間がかかりすぎていることに対する不満を抱えながら、生きている間に生活再建を強く思う人のいかに多いことか、という意見を聞くことで、国と地元の温度差の激しさも実感することが出来た。

なによりもまず、人の命が最初。優先順位は生活再建!。

お集まりの地元の方には町議会議員の方もいらして、利権がらみである話をしたときに、今イチピンとこなかったようだったけれど、「モノ」より「命」に目を向けるべき、というこちらの意見に、議員の方にも、350億の復興財源のうち、半分以上が瓦礫処理に充てられていることに、違和感が生まれたようで、話初めは何となく違和感があった話し合いも、終わりにはお互いに理解し合うことが出来て、話し合うことの大切さと、粘り強く向き合いこと、お互いに気持ちを通わせようとすることの大切さを改めて感じた。

夕方になったけれど、最後は皆さんで海に向かい、お題目の紙を流して海で亡くなった方のご供養をさせて頂いた。


最後に皆で「祈り」を海に向けることが出来たことが、何よりうれしかった。
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