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現在、日本国内では毎日のようにいたる所で講演会、署名、集会等を開き、原発の事について真剣に論じられております。
3.11以降、以前では考えられない程の多くの方々が原発の問題に関心を示しております。

しかし原発という利権の象徴を作り出した人間の心の問題を論じている団体は一つもありません。
仏教の言葉で一念三千というものがあります。人の一念によって三千の関連を持つものというものであります。

人の心の一念の欲望の火が、過去のヒロシマ ナガサキ、そして今回のフクシマという形となって現れた事は、私の様な若輩の言うまでもない事と存じます。
また、この人の心の一念によって世界が変わるものと信じております。

もし一人の人間の、たった一人の祈りでも、命がけで祈る時、世界の動きに全くの関連性をもたないとは誰も言う事は出来ないでありましょう。
今や米国でも英国でも平和運動の基盤に精神的な宗教的な軸なくして、大きなうねりとはなりえないという事に気づき始めております。

マハトマ・ガンジー翁は、インドの独立運動は宗教運動だと、はっきり断言されました。

私たちの行進は、確かに微力で頼りがなく何か子供遊びの様に見えるかもしませんが私たちは、この行進が日本を変える為の一つの糧となる事と信じております。

昨年のフクシマの原発災害が想定外ならば人智の及ばぬものに対して、我々は何をなすべきかと、問われた時に私たち宗教者は、デモでもなく、講演でもなく署名でもなく、只々、山川草木、国土世間、生とし生きる全ての者の仏性を祈っていく天を仰ぎ祈り、地を踏みしめ祈っていく、その一本につきると答えます。
それが効果が出ようが出まいが、誰が見ていようがいまいが、今、成さねばならぬ事を成すまでであります。

たとえ全世界の原発が廃炉となっても人の精神性の進化なくしては、ただのすりかえとなるだけでありましょう。

この時代に生きる大人の責任として次世代の未来の子供たちに残すべき遺産は負の遺産ではなく、人の良心であると考えます。

鶴の片羽では飛べぬが如く、車の片輪では走れぬが如く、平和運動家の脱原発運動と宗教家の民心作興運動の両輪がかみ合ってこそ広がりを持ち、大きなうねりとなるものと考えます。

横の繋がりのない各団体の運動家に息を吹きかけ生命を宿し、数珠つなぎに紡いでゆく事が我々の仕事と考えます。

それ故、少人数でも選ばれた人間が集まりました。

原発問題は、この一年が勝負と考えます。だからこそ、国民運動を盛り上げる為にもたとえ一人であろうとも動き始めました。

結果や効果、そして影響は後からついてまいります。合掌
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