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7月24日   

南無妙法蓮華経

23日には、阿蘇道場にお参りさせて頂き、行徳上人様と坂本庵主様、ご信者様に温かくお迎え頂き、心の籠った昼食をご供養して頂いた。

お師匠様のご廟所をお参りさせて頂き、お寺から町並みを眺めてみると、先日の集中豪雨の爪痕が、山肌に幾筋も刻まれていて、丸太が流されて溜まっていたり、川の堤防が崩されていたりで、地震に限らない、自然の力の物凄さを実感させられた。

美味しい食事を頂戴して、ゆっくりさせていただいた後、車で移動して別府道場に向かった。

こちらでは酒迎上人様にお迎え頂き、ご信者様方に準備していただいた食事を有難くみんなで頂戴した。

鹿児島から大分に移動して、九州の皆さんのお人柄に触れて、大らかさや心の温かさに大いに励まされた。

行進団にもアメリカからお二人参加して下さっていて、お一人はベトナム戦争に参加され、退役した後に平和活動家として活動されているジュールさん。74歳の今も、元気に行進して下さっている。

もう御一方は、クリスチャンさんと仰る35歳の男性。綺麗な日本語をお話になるので、コミュニケーションがとりやすい方で、ニューヨークから来られている。

県庁や市役所など、行政機関にお邪魔するとき、アメリカの原発事情をお話しいただくのだけれど、カナダとアメリカの国境近くにオンタリオ湖という湖があって、そこにアメリカの原発が集中していて、ウラン発掘精製から始まって、5つの原発と13の原子炉、再処理工場、廃棄物処理場と核に関するすべてが集まっている。

ネイティブアメリカンの方々が住むこの土地には、各原子力施設とともに、ガン、白血病の発生率が非常に高く、アメリカの社会問題がすべてと言っていいほど集約されている。

この場所で採掘されたウラニウムが広島長崎に投下された原爆に使用されたという。

ネイティブアメリカンに「セブンジェネレーション」という言葉があって、何か物事を起こす時に、7代先の子孫のことまで考える考え方があるので、ぜひこれからの日本の原発問題にも生かしてもらいたいというメッセージを持ってきて下さった。

行政機関に働きかけに行くとき、我々日本人の話はそれなりに聞いてくれるけれど、ネパールの御出家のころからそうだったけれど、今回もアメリカのお二人の話は興味深く聞いていただける。

カレンさんは初めから、片言の日本語で原発が危険なことを話して下さっているので、どんなにつっけんどんな役所でも、一瞬「おっ?」という顔になって聞いて下さるので有難かった(笑)。

本日は、2時40分に臼杵港からフェリーに乗り、愛媛県八幡浜まで移動した。

ゆっくりと船での移動を楽しみ、酒迎上人様から御紹介のあった、「伊方原発から子供を守る女たちの会」の斎間さん、藤原さんにお迎え頂き、神宮通り福祉会館へと歩いた。

地元の銭湯にいき、汗を流してからご供養頂いたカレーを美味しくいただいた後、先ほどの「伊方原発から子供を守る女たちの会」の方々と交流会となった。

愛媛には被差別地区があって、そこを狙って建設が計画されてきたそうで、現金収入のない人に、賃金とともに危険な仕事を押し付けてきた事実を聞かせていただき、子供たちの為と思って反対活動をしているのに、学校でほかの子供たちから、ビラ配りをしていた姿を見られて、子供たち同士の中でいじめが始まることが多い、とのことだった。

数々貴重なお話を伺ったけれど、一番印象的言葉は、「金は一代  命は末代」という言葉だった。
母親であり、命を生み出す存在である女性の強さが、長年の反対活動も源なのだと思い知った。
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南無妙法蓮華経
東松江駅まで車移動で、7時に出発。

今日の行程の中では、9時半に松江市役所、続いて島根県庁の2か所に寄り、請願書を読み上げ、手渡してきた。

島根県の宿泊先や、警察への届け出などを面倒を見て下さった方により、新聞社はもちろん、今日はNHKテレビの取材が市役所であり、市の担当の方とのやり取りや、佐藤上人様のインタビューなどがテレビのローカルニュースで流れていたそうで、道を歩いていて、「テレビで見たよ!。」などと声をかけていただくことも多くて、改めてテレビの威力を思い知った。

市役所の担当の方も、心なしか緊張しているように見えた。

地元の方も参加して下さったので、13,4人の行進者にプラス10人ほどで総勢20人以上の方が市役所の1室で対応を受けた。

申し入れの後、インタビューの時間などもあって、けっこう時間がかかり、その後少し離れている県庁に移動して、申し入れをした。

ここでも地元の新聞社が取材に来て、脱原発に対する関心の高さが感じられた。

県庁の方が対応も硬く、鳴り物はやめてくれ、ということとともに、お題目なども、建物の中では唱えないで欲しいというので、その理由が何か確認はしなかったけれど、意味がよくわからないので、今度一度聞いてみたい。

中に通していただき、請願書を読み上げた後、申し入れをした時には担当の方も割とほぐれてきて、穏やかに話し合うことが出来た。

話の最後でいつものように、島根県で自慢できるものは何かを尋ねると、安来市役所の時のように、「人の好さ」とお答え下さったことが、何とも言えず嬉しかった。

人情や、思いやりの心を持っていることを誇れることがとても素晴らしく、感動した。

その時は・・・。

しかし、今よく考えてみると、目先のことに関しては「国策だから」「みんなの為だから」良かれと思って原発を受け入れたことが、現状を招いている。今、この時、原発からの脱却を願う人の思いを受け入れて、県民の命や安心を率先して守る県庁であってほしいと思う。

人のことを信じることが出来る人がいることで、そんな人がどんどん増えることで希望を繋げて行きたい。

すぐ近くの松江城のお堀のあたりで昼食休憩をして、その後島根原発まで晴れ渡る空の下を歩いた。

山道を登るような道の途中には、温水プールなどの近代的な施設が立ち並び、原発のすぐ近くには野球場があったけれど、平日で利用者がいないということもあるけれど、野球場の敷地の中にカラスが沢山いて、奇妙な光景だった。

正面ゲートからは原発の建物などは一切見えず、山の向こう側となっていて、警備員の厳重な監視の中、進めるところまで前に進み、そこでいつものようにお題目とお経をお唱えしていると、警備員の方の中から一人、こちらに進み出て来て、「(唱えるのを)やめて下さい。」と言ってきた。

力強くお唱えしていたせいか、威嚇されていると思ったのかも知れないけれど、警備員の方はやって来たけれどこちらに目を合わせることもなく、何度か同じことを言って、こちらが終わるのを待つことなく、そのまま下がっていった。

明日座る場所を確認して、その後に、正面ゲートよりさらに上にあるPRセンターに行くと、そこから島根原発が一望できた。

原発に付き物の、二本の煙突がニョキっと立っているけれど、それがPRセンターのあるこの場所よりも低いので、現在稼働はしていないものの、海からの風を受けて見下ろしている我々は、モロに放射性物質を含んだ風を受けることになる。

2人のお孫さんを連れたお爺さんと会って、挨拶を交わしたけれど、その方はPRセンターに入って行った。見晴らしもいいし、きれいな建物だということで、孫を喜ばせようと思ってきたのかもしれないのに、良かれと思ったことが仇になるかもしれない、というところが、複雑になっている日本社会の底意地の悪さのように思えてしまう。

そこから車移動で、今日の宿泊先のビジネスホテルに向かった。

2日間お世話になるこのホテルは、今回ご協力いただいている方のご尽力で、ご供養していただいた。

皆さんのお心遣いに、少しでも報いることが出来るように、なお一層真剣に祈り続けなければ・・・。

ここで矢向庵主様のご両親とお別れした。今日一日一緒に歩いて下さり、陰になり日向になりお世話をして下さってとても有難かったけれど、最後にお母さんが庵主様を抱きしめて、涙ぐんでいる姿が、自分を顧みずに祈り歩いている娘を、しっかりと認めながらも、心から心配している深い愛情が伝わってきて、改めて両親の有難さを実感させて頂いた。

夜は、この度ご縁を頂いた、大本教の方々との交流会があり、お食事を頂きながらお一人お一人のお話をお聞きした。皆さんに共通しているのが、とても穏やかなお顔をされているので、とても印象的だった。

関西電力の株主総会に行かれた方のお話も聞くことが出来たり、現状を何とかしたいと思いながらも何をどうしたらいいかわからないという意見もあったり、それでも、こうして国内すべての原発を祈り歩いているという我々を、応援して下さっている気持ちが伝わってきて、こうしてお招きいただくことが出来て有難かった。

明日のお断食にも何人か来ていただけるようで、「祈り」というところで繋がることが出来て有難い。


南無妙法蓮華経
島根原発断食祈念
ホテルを7時に出発、島根原発に向かった。
中国電力の敷地内には入れないので、ギリギリのところで、人通りの邪魔にならないようにしながら、ブルーシートを敷きお題目をお唱えし始めた。

車の通りも多く、地元の方や、近くの施設に向かうお年寄りを乗せた車も通るけれど、もちろん一番多いのは原発に向かう、あるいは原発から出てくる車。

その中でも、車の中から合掌して下さる方もいて、どんな態度の方が来ても、ニコニコと穏やかな顔でお題目をお唱えしたいと思いながら、梅雨のさなかとは思えない青空の下、気持ちのいい風が吹く中の唱題行となった。

今まで15か所、各県の原発を回って来たけれど、大体に言えることは、建物の色が水色だったりで、一般的な工場の、赤白の煙突のような激しさがない、穏やかな感じが醸し出されていること。


どんな田舎の町でも、恐ろしく近代的な建物が立ち並び、無機質な感じか、あるいは木のぬくもりを演出してはいるけれど、それでも、いかにもお金がかかっている、というような建物がより多い。

冷却するために、海のそばが絶対条件だけれども、原発がなかったころは、こぶしほどもある大きなサザエやアワビが取り放題で、どんぶりで食べていたというお話をよく聞いたし、魚も豊富でたくさん取れたために、干物や練り物をはじめとする加工品が名産品となって来たのに、今では海が汚染され魚もいなくなり、もし、いたとしても地元の人々は食べないし、また格好の漁場も原発の敷地となって入ることが出来ない。

それでも名産品として名前は残っているから、地元のものではなく他から運んできたものをその場所で加工することでかろうじて形をとどめている。

先日頂いた「サバの浜焼き」はなんと!ノルウェー産のサバだった・・・。

時代はいま、食量自給率を上げることとともに、地産地消を推進しているけれど、原発がある限り、まったくもって逆方向に向かわざるを得ない。

面白いほど基本的な人間生活と相いれない原子力。

それでも再稼働に向けて躍起になり、いずれは再生可能エネルギーへ・・・と言いながらも、それがいつかも明確にせず、原発に依存しようとして、国民の命をまるで守ろうとしない国の役人。

放射能の脅威は推進派も反対派も関係なく、身体に影響が出てくること。

お互い様ならば、もっとお互いを大事に思っていく生き方の方がいいと思う。

命あっての経済なのに、どこかすっぽり肝心なところが抜けてしまっている。
もう遅い、のか

まだ、間に合う、のか・・・。


結果はどうあれ、やっぱり最後まで、諦めないで行きましょう。
2012.07.20 7月17日
南無妙法蓮華経

今日の行進は芦北町から水俣市まで
新水俣駅での昼食休憩では、地元で長年に渡り脱原発運動をされている岩崎さんが、おにぎりなど差し入れを持って来て下さりました。
昼食後、水俣市役所へ表敬訪問、「原発0を目指す市民の会」のメンバーなど12名もの方々が行進団を迎えて下さいました。
市民の方々も加えて全員で、宮本市長に面会。
宮本市長は前市長の産業廃棄物処理場の誘致に反対の声を挙げた市民運動に推されて、市長選に出馬、当選され、産廃処理場の建設を阻止したという市長で環境問題に熱心に取り組まれておられ、「脱原発を目指す首長会議」にも参加されていて、「脱原発に力を尽くす」との力強い発言をされました・

市役所からは今晩お世話になる、ミカン加工場ガイア水俣の高倉さんの案内で、水俣湾の埋め立て地へ。
水俣病を起こしたチッソの正門前を通り、水銀などを含む排水を垂れ流していた「百間排水溝」を見学、排水溝のそばには解説版と共に慰霊のためのお地蔵さんがあり、水俣病巡礼88か所1番札所と記せられている。88箇所作る予定が、発起人の水俣病患者連盟委員長の川本氏が1番札所を作った後に水俣病で亡くなられた。とお話を伺い、皆でお祈りを捧げました。
排水で汚染された海を埋め立てて作った広大な公園を通り、水俣病患者慰霊碑のある海辺へ。
全員で唱題しながら海に御題目を書いた短冊を流し、読経、慰霊碑をお参りし、公園で高倉さんから水俣病の話をしていただいた。

合掌  大西

2012.07.15 7月15日
南無妙法蓮華経

今日の行進は宇城市役所から八代市役所まで約20kmの行進。
雨後の快晴で最高気温36℃と暑い中の行進でした。

宿から車で1時間、宇城市役所へ移動。
7時半より行進開始、

生田さんは朝夕の送迎に加え、昼食の用意と、片道1時間の距離を1日に3往復もして行進団のサポートをして下さりました。

八代市役所では日曜でしたが、秘書課長さんが応対して下さりました。
八代市は国内の畳表の80%を生産している事から、震災後、救援物資として被災地に半畳の畳マットを1万4千枚送った事など、市の被災地支援や、環境問題への取組について話を伺いました。


今日はきよはる君の8歳の誕生日、生田さんがケーキも用意して下さり皆でお祝い。しかもこのケーキは小麦アレルギーのカレンさんも食べられるようにと、わざわざ米粉で作ったケーキを用意して下さり、其ればかりか、行進団に3人いるベジタリアンの為に、夕食のカレーも2種類用意するという細やかな心使いに一同感動致しました。
2012.07.15 7月14日
南無妙法蓮華経

朝勤、朝食の後、吉田御上人様より行進団に激励のお言葉を頂き、ご信者さんたちの車に分乗し県庁まで移動。
今日から2日間、花岡山道場の前原法尼様も参加して下さり、行進者は22人に。

今日の行進は熊本県庁から宇城市役所までの23km。
7時に歩き始めた直後から、大雨が降りだし、昼食前まで雨天の行進でした。
明日で8歳の誕生日を迎える、きよはる君も雨にも負けず全行程歩き切りました 拍手!

宇城市役所では休日にも関わらず、総務部長様をふくめ4人の職員が冷たいお茶を用意して行進団を迎えて下さいました。
団長より請願書の朗読のあと、ジュールさん、クリスチャンさん、カレンさんがそれぞれ原発問題について発言。佐藤上人様が各氏の平和運動家としての経歴を紹介し、通訳。
その他の行進者も思う所を述べ、意見交換がなされました。

今日から2晩お世話になる生田さんが車で市役所まで迎えに来て下さり、車移動。
宿泊は生田さんの奥様の御実家で和式の大邸宅、生田さんの弟夫妻も来られ、厚く、御心の行き届いたおもてなしを受け、行進団一同感動し、くつろいだ雰囲気の中、行進の疲れが癒されました。
2012.07.15 7月13日
南無妙法蓮華経

今日は本来の予定では、阿蘇道場と仙酔峡仏舎利塔をお参りし、阿蘇道場に一晩お世話になる予定でしたが、豪雨の影響で阿蘇道場は停電、断水という状況の上、道路も通れるかわからないので、予定を変更し、花岡山道場にもう1泊させて頂き、今日は丸1日休養日に。

5時からお勤めをし、朝食を頂いてから全員で偲徳殿(藤井日達聖人資料館)を見学させて頂き、そのあと各自、町に出かけたり、休養したり、ゆったりと1日過ごさせて頂きました。  

午後、早瀬さんとあけるさんが4人の子ども達を連れて行進団に合流、子ども達の笑い声で道場は賑やかに。


2012.07.14 7月12日
南無妙法蓮華経

昨晩は記録的豪雨が降り、熊本では土石流、住宅への浸水など死者行方不明者が28名も出る甚大な被害があり、道路も通行止めの区間が発生し、行進ルートも変更。
今日は熊本県庁、市役所を訪問予定でしたが、「災害対策で多忙なので訪問は遠慮願いたい」との事。
行進団も自粛し、訪問を取りやめ、災害で亡くなった方たちの為にお祈りする為に市内を流れる白川へ。
河はかなり増水し、茶色い濁流となっていて、橋の上で唱題している間にも上流から次々に倒れた樹木がすごい勢いで流れて来ており、自然の驚異を目の当たりに、、、。
御題目を書いた短冊を皆で川に流し、自我偈を唱え祈る。

花岡山道場まで行脚し、今日の行進は終了。



2012.07.14 7月11日
南無妙法蓮華経

今日は小雨の降る中での行進でした。
松本上人様、ラトナ上人様に見送られ、車にて大村道場を出発、多比良港よりフェリーにて有明海を渡り、長洲港へ。
長洲港では今晩お世話になる玉名道場の佐々木上人様と豊前道場の杉野上人様、昨年の被災地行脚にも参加された熊本在住の生田さんが、合流。

玉名市役所に表敬訪問、事前連絡では総務課の方が対応するはずが、市役所に到着しても誰も応対に出て来ず、予定の時間までロビーで待つ。
熊本日日新聞の女性記者が取材に来られていたので、団長が取材に応じるが、時間になっても職員の対応がないので、問い合わせるが、更に10分待たされて、漸く総務課の人が応対に出てこられた。

市役所を出発し、玉名道場まで行進。昨年完成したばかりの仏舎利塔が町からも見え、美しい。

夕刻、ニューヨークから来られたクリスチャンさんが行進団に合流。これで外国からの参加者が3人に。
2012.07.13 7月9日
南無妙法蓮華経

猛暑の候、いかがお過ごしでしょうか。
本日は、諫早駅-長崎平和公園-爆心地公園-日本山妙法寺長崎道場へと行脚しました。
行進者は13名、天候は晴れでした。長崎平和公園にて「反核9の日座り込み」に参加、その後、爆心地公園にて御祈念させて頂きました。


02平和記念公園
平和記念公園に到着

05座り込み
「反核9の日座り込み」に参加

06御祈念
爆心地にて御祈念

当ブログへの御来訪ありがとうございます。
本日も泉が代筆させて頂きました。

合掌
2012.07.13 7月8日
南無妙法蓮華経

盛夏の候、いかがお過ごしでしょうか。
本日は 千綿駅-大村市役所-岩松駅-諫早市役所-へと行脚しました。
行進者は16名、天候は晴れでした。大村市役所と諫早市役所では表敬訪問させて頂きました。

01歩き始め0709
有明海を望みつつ行脚

あるき03午後から
昼食後 行脚再開

05諫早市役所
諫早市役所にて表敬訪問

当ブログへの御来訪ありがとうございます。
本日も泉が代筆させて頂きました。

合掌
2012.07.08 7月7日
南無妙法蓮華経

猛暑の候、いかがお過ごしでしょうか。
本日は佐世保市-東彼杵-千綿駅からハウステンボス前を経由し、日本山妙法寺大村道場へと行脚しました。行進者は11名、天候は晴れでした。大村道場では御仏舎利塔へのお参りがありました。

01歩く
颯爽と歩く行進団

ハウス
ハウステンボス前の交差点

03仏舎利塔
御仏舎利塔へのお参り


当ブログへの御来訪ありがとうございます。
本日も泉が代筆させて頂きました。

合掌
2012.07.04 7月3日
南無妙法蓮華経

盛夏の候、いかがお過ごしでしょうか。
本日は唐津市役所から歩き始め、玄海町役場を表敬訪問、玄海原発へと行脚しました。行進者は9名、天候は雨後曇りでした。

歩き始め

雨の日の行進は、ペースが上がるようです。より早く目的地に到着したいと皆が思うからでしょう。ちなみに先頭でバナー持って頂いている方は、昨年も参加した最年長の男性。その健脚は見事でございます。


表敬訪問

玄海町役場での表敬訪問。311福島原発事故以降の原発対応をお聞きすれば、玄海原発の再稼働についてはストレステストの結果待ち、原発を無くすことが理想ではあるが、代替エネルギーが確立するまでは原発再稼働も止む無しと典型的な役人対応でございました。


中秋住職

玄海原発へ向かう前に、東光寺さまを訪問。住職の中秋様は玄海原発誘致から40年に渡り、一貫して反原発運動をされている、いわば脱原発の生き字引的存在。「原発は民主主義を壊す、立地地域の住民から言葉を奪う」とのお言葉がとても印象的でした。

東光寺様を後に玄海原発まで歩き、正門前にて唱題、御自我偈、立正安国論を御唱えさせて頂きました。

本日も泉が代筆させて頂きました

合掌



2012.07.03 7月2日
南無妙法蓮華経

盛夏 の候、いかがお過ごしでしょうか。
本日は多久駅から唐津山元駅を経由し唐津市役所 へと行脚しました。行進者は9名、天候は曇り時々雨でした。

見送り

多久駅では、日本山妙法寺牛津道場の池田御法尼様にお見送りただきました。

行進

時折 風が強くなる中、行進団は本日も但行礼拝の行脚をさせて頂きました。

表敬訪問

午後は雨も落ち着き、唐津市役所に到着、会議室にて表敬訪問させて頂きました。

本日も泉が代筆させて頂きました

合掌

2012.07.03 6月30日
南無妙法蓮華経

梅雨の候、いかがお過ごしでしょうか。
本日は佐賀県庁から多久市役所へと行脚しました。行進者は9名、雨時々晴れ、気温は28度でした。

出発前 宿泊先日本山妙法寺佐賀道場にて、高松御法尼様より佐賀県の歴史を聞かせていただきました。
日本初の蒸気機関、アームストロング砲の開発と当時は科学技術の先端を走っており、
また明治維新を推進した薩長土肥の一派として、大臣を8人も輩出したそうです。。

雨の中、佐賀県庁より行進開始、途中、コンビニ、牛津駅にて休憩を取り、小城駅にて昼食をとりました。
休憩時に小城市の議員様と偶然出くわし「脱原発」にて賛同、市長様も九州で唯一、脱原発を表明されているそうです。

午後もきまぐれな雨、狐の嫁入りといったところでしょうか。
夕刻に多久市役所を表敬訪問し、行進は終了、その後、本日の宿泊先、日本山妙法寺牛津道場へ。
御仏舎利塔を参拝させて頂きました。


本日も泉が代筆させて頂きました。

合掌
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