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2012.06.29 6月29日
南無妙法蓮華経

初夏の候、いかがお過ごしでしょうか。
本日は島根県松江市から佐賀県佐賀市へと車移動、到着後、佐賀市役所と佐賀県庁を
表敬訪問させて頂きました。行進者は9名、佐賀の天気は曇りのち小雨、気温は25度でした。

佐賀での行進は、佐賀駅から駅前の大通りを抜けて佐賀市役所へ向かいました。
役所では、会議室へと案内されました。中の雰囲気は明るく、私達に対して「こんにちは」の挨拶も数人から頂きました。担当者より佐賀市役所の脱原発への取り組みをお聞きしました

「最終的には原発の無い世界が望ましい」
「佐賀市は福島の事故以前から地球環境を考慮し、自然エネルギーへの取り組み、節電に取り組んできた。」
「既にメガソーラーは着工(後ほど大問題が判明)、昨年は市庁舎で20%の電力コスト削減を達成した。」
「また環境都市を標語に、グリーンカーテンの設置、市庁舎用に電気自動車を4台導入、その充電にも太陽光エネルギーを利用している」
「原発をすぐに止めるのは難しいが、様々な取り組みをしている。この夏が原発ゼロでいけるかどうか実証実験になるかもしれない。」
「電力会社が原発再稼働を目論むとしても、佐賀市としては脱原発目指し、代替エネルギー発電に取り組む。電力会社が当にできないなら自治体の政策として取り組む方針だ」

更に佐賀市の誇れるところをお聞きした。
「自然エネルギーの先進都市を目指している。全国の都市全てが環境都市になれば良いと思う。」
「被爆地長崎が近いこともあり、毎年平和展を開催している。行政なかでは平和が最大の福祉だと思う。」
「県内の最大産業は農業であり、漁業ものり生産量日本一である。」
「農業就労希望者については、ワンストップでの支援体制を用意している。毎年10名前後の就労者がいる」

そいて市役所を後にして県庁へと移動です。
今度は、ロビーでの対応。原子力対策室の方でしたが、「脱原発というお考えもご意見としてはお受けいたしますが、あくまでも原発再稼働につきましては、国の方針を受けての対応とさせて頂きたく、、、、」
その時です。「なんや、その態度は、県民を馬鹿にしとるか!!玄海原発が事故を起こしたらどうすると!」
通りすがりの紳士の発言、九州男児の心意気を感じます。
役人「いや、馬鹿にしているわけでは、、、、」
紳士「机の前に座っとらんで、この人たちみたいに全国を行脚せんか」

今夜の宿は日本山妙法寺佐賀道場。そこへいらした信者様から「メガソーラー着工の大問題」をお聞きしました。なんと世界遺産登録を目指している「吉野ヶ里遺跡」の中央にメガソーラーを建設する計画が進行しているとのこと。その反対署名運動に小子も署名させて頂きました。

本日は泉が代筆させて頂きました。

合掌

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2012.06.26 6月26日


南無妙法蓮華経

今朝は、「アザレアコート こうほうえん」を6時半に出発した。

7時に米子市役所から、今日の行進がスタート。歩き出して午前中にはこのたびお世話をして下さっている、西山さんのお知り合いの九重(くのう)さんのお店で、行進者全員でコーヒーを頂いた。

安来市役所から島根入りということで、10時から10時半まで申し入れをした。

対応をして下さった方は、自分の意見をしっかりと持った方で、こちらの要請書を読み上げた後、御自分の言葉で市民の生活や安全を守る、と力強く話して下さった。

こちらから、何人か話しをしたけれど、その一人一人にもちゃんと受け答えて下さって、今までにこれほどしっかりと対応して下さったことは珍しいことだったので、嬉しく思った。

歩いていると、島根県警の方が二人出て来た。この度は島根県警の方から行程表を提出してほしいと言われていて、先ほどの西山さんを始め、色々な方に地元の警察に届け出を出していただき、歩く事になった。

今まで、ほかの県では何の申請も出してこなかったので、警察からこのような申し入れがあると、現実的にとても難しいけれど、今回は地元の方にお願いをして、申請を出していただくことで、事なきを得ることが出来た。

折々に県警の方が出てこられて、指導をしていった。

東松江駅までの行程を無事歩き終え、島根県警のお二人のお迎えを受け、今日の行進は終わり。

その後車移動で、ゆうあい熊野館という、温泉宿泊施設に到着、ここで矢向庵主様のご両親にお迎え頂いた。

明日も歩いて下さるとのことで、嬉しく思いながら、初めてお目にかかるのでしっかりとご挨拶した。

お風呂に入り、ゆっくり過ごさせて頂いた。
2012.06.26 6月25日


南無妙法蓮華経
今朝は3日間お世話になった舞鶴道場を8時に出発。渡辺上人様と、鹿島さゆりさんに見送られながら、車で走り出した。
今日は鳥取県米子に移動ということで、高速道路を2台に分乗して、途中交代しながら移動した。

昨日来て下さった「ザ、ファミリー」のCDをBGMにしながら快調に車を走らせた。

米子駅前で地元で脱原発の運動をしている方々とお会いして、米子市役所まで20人ほどで町を練り歩いた。

ベビーカーに乗ったお子さんを連れたお母さんをはじめ、様々な方と一緒に歩き、途中中国電力前で少しの間御祈念をして、4時に米子市役所に要請書を手渡しに向かった。

米子市議会議員の中川さんにご協力を頂き、市役所の一室に通され、本日担当の方に要請書を読み、手渡した。

地元の方々も何人かのかたがお話しされたけれど、その中で、ベビーカーのお子さんを連れた女性の方は、今ガレキ問題について市民活動を始めた方で、昨年の3月には東京世田谷に住み、放射線量が高かった3月15日に、子供を外で遊ばせていたため、お子さんもご自身も被爆し、被爆症状が現れたため、自分の無知の為、被爆させてしまったことを悔やみ、子供の命を守るため、ガレキの問題にかかわるようになったことを涙ながらに語って下さり、ガレキ受け入れに対して、検討しなおすように強く訴えておられ、その気持ちが担当の方にも伝わったようだった。
4時半まで話し合い、最後に佐藤上人様が「米子のいいところはどこですか?」と尋ねると、海も山も、自然がなんでもそろっていて、病院など、設備も整っているところだとお答え下さって、和やかな雰囲気になったけれど、でも、すぐ近くに原発があることですべて台無しとなってしまうことに気が付かないのかと思い、少々ガッカリ・・・。

その後、本日宿泊させていただく「アザレアコートこうほうえん」という、デイサービスをはじめ、設備の整った老人施設に移動し、6時半から食事を兼ねた交流会があり、心の籠った美味しい食事を頂き、その後一人一人自己紹介をしながら、お話を伺った。

本日の行進もそうだったように、この交流会にもたくさんの方が来て下さって、行進に対する周りの方の期待と希望を実感した。

この中には、明日以降の行進にご参加下さる方もいて下さって、とても有難い。

歩きとおしてまた新たなご縁を頂き、嬉しい限り。
2012.06.26 6月24日


南無妙法蓮華経
高浜市役所から歩き始めて、トンネルは自動車移動。歩きながら見える浜の景色が最高にきれいだった。

今日は午前中のみの行進で、舞鶴市役所まで歩いたけれど、市役所近くの看板に書いてある日本地図が、いつも我々が見ている日本の形と違い、北海道が九州の位置に来ているもので、新鮮、というか意外な感じで印象的だった。

舞鶴市役所の方がお二人、玄関先で対応して下さったけれど、とてもキッチリとしてスマートな対応だった。こちらの質問にも丁寧にお答えいただき、そつがない分、少々冷たい雰囲気もあったけれど、ほかの自治体で経験したような、質問に答えられずしどろもどろになったり、聞いたことに答えてくれなかったりというようなことはなかった。

午前中で行進は終わり、舞鶴道場に戻ってから、福井でお世話になり行進にも参加下さった、渡さんのご供養下さったおそばを頂き、昨夜も来て下さった「ザ、ファミリー」のご夫婦が来て下さって一緒に昼食を頂きながら、ほぼ自給自足で、3人のお子さんを育て、一緒に音楽活動をされているお話に耳を傾け、その後4曲を生演奏していただき、久しぶりにゆったりとした時間を楽しむことが出来た。

夕食前に銭湯に行き、食事の後、コインランドリーに行き、洗濯をして今日も一日終了。
2012.06.26 6月23日


南無妙法蓮華経

高浜原発前断食御祈念。
舞鶴道場を車で出発して、高浜原発へ。昨日到着したところとは違う場所で、座ることにした。
PRセンターからお二人出て来て、こちらの要請書を読み上げ、手渡した。

出てきた方は、二人とも無表情だったけれど、要請書を読み上げたところ、表情が戻ってきたというか、感情が表れてきた気がした。

今日も朝の8時から夕方4時まで座っていたけれど、その間何度もシャトルバスが行き来して、そのうち何回も誰一人乗っていないバスが走っていた。

行進団の他、何人も何組も参加しに来て下さって、賑やかだった。

見ていると、初めは警備の人が4人ほどズラッと並んでいたけれどそのうち1人になり、時間になると交代していた。

4時になり、御祈念が終わり、近くの海まで移動してお神酒とお題目の紙を海に流した。

道場に戻り、お断食明けのお水を頂き、夕食を頂いた後鈴木上人様が東京に戻られるので、近くの駅まで送って行った。
このたびも、福井でお世話になった堀さんが来て下さって、お赤飯などの差し入れを持ってきて下さり、有難くいただいた。

8時過ぎには、自給自足をしながら「ザ、ファミリー」という名前で家族で音楽活動をされているAKOちゃんの知り合いの方がお二人尋ねてきて下さって、遅くまでお話に花が咲いた。
2012.06.22 6月22日


南無妙法蓮華経
寶積寺様を7時近くに出発、大飯町役場からスタート。

今朝も座禅を一緒にさせていただき、朝食を頂き掃除をして、お寺を出るときにご住職様と記念写真を撮った。

歩き出しのころは雨が残っていたけれど、次第に晴れて暑くなってきた。

高浜町役場に寄り、要請書をお渡しした。

役場の中に入れていただき、要請書を読み上げて、しばし話し合いの時間を持った。
担当の方々は初めは硬い表情だったけれど、次第にほぐれてきて、穏やかに話は出来た。

今後にどう繋がるかは別として・・・。

役場から歩き出し、近くの砂浜で昼食休憩をして今日の終点の高浜原発に到着した。

明日座る場所は、東門ということになり、車で本日お世話になる、日本山妙法寺舞鶴道場に向かう前に、舞鶴にあるお仏舎利塔をお参りさせていただいた。

今は残念ながら、どなたも管理されておらず、遺跡のようになってしまっていて、お仏舎利塔に行くまでの道も、木や竹が倒れていたりで大変で、お仏舎利塔の周りは年に1度草刈りに来て下さっているので、歩く事は出来たけれど、御草庵はすっかり草に囲まれてしまい、お仏舎利塔の周りをお参りして回りながら、涙が出そうになった。

夕方舞鶴道場に到着して、銭湯に行き、以前歩いて下さった鹿島さゆりさんが来て下さったので駅まで迎えに行き、食事の後色々話し合い楽しく過ごした。

明日も断食祈念。しっかりとお題目をお唱えしよう。
2012.06.22 6月21日
南無妙法蓮華経
今朝は4時に起床して、4時半からご住職のご指導の下、座禅をさせていただいた。
その後支度をして、6時半に大飯原発に向けて出発した。

8時からお断食祈念を開始。台風一過ではあっても、強く弱く雨が降り続いた。

午前中、鈴木法拳上人様が来て下さって、23日まで参加して下さるのをはじめ、1日や2日、ご参加の方が増えて賑やかになった。

9時ごろにPR センターから二人が出て来て、雨の中、要請書を読み上げ手渡しをしたけれど、そのうちの責任者の方が、愛想はいいけれど人の話は聞いてはいない感じの方だった。

印象的だったことは、雨の中なのでお互いに傘をさしかけていたのだけれど、相手側の方は、脇についていた人が責任者の人に傘をさしかけてはいたけれど、差し掛け方が甘くて、責任者の方の前側が雨ですっかり濡れてしまっていて、こちら側で傘をさしかけてあげたほどだった。この様子から、このお二人の信頼関係は、上っ面だということが良くわかった(笑)。

今回もご参加の方が多くて、地元の方をはじめ総勢30名近く、お題目をお唱えして下さった。

3時半までお題目をお唱えして、その後海まで歩いてお神酒とお題目を書いた紙を海に流し供養した。

雨に濡れて体も冷えたので、帰りにお風呂に入り体を温めて寶積寺様に戻った。

野菜のカレーとフルーツポンチを準備して下さっていて、有難く頂戴した後、雨に濡れた衣類などを持って、近くのランドリーに洗濯に出かけた。
2012.06.22 6月20日

南無妙法蓮華経

長徳寺様を出発する前に、記念写真を撮った。

台風は過ぎたようだったけれど、雨が残り午前中は合羽を着ての行進だった。

お昼前には雨も止んで、青空が見えて蒸し暑さも感じた。
小浜市役所から歩き出したけれど、トンネルが続き、車の通りも多くて気を付けながら歩いていると、通り過ぎる軽トラックの窓から、何やら叫んで行った男性がいたので、聞いていた人によると、「電気無くなったらどないすんねん!!」と言っていたそうだった・・・。

お昼前に大飯町役場に出向き、要請書を手渡した。今、まさに話題の中心である大飯町。その役場は 原発のある町特有の、近代的な、近未来的な建物で、近くの運動公園でテントを張り、大人数で大飯町の動向を注視している人たちがいて、その方々も一緒に役場の中に入り、部屋は用意されていたけれど、椅子もなく、お互いに立ったままの顔合わせとなった。

昨夜みんなで話し合ったように、大都市の電力需要の為に造られた大飯原発であり、まず反省すべきは、どこから電気を供給されているかも知らないで、思うままに電気を使ってきた大都市圏(この場合は大阪など)に住む人たちであり、反省と感謝を、まず今まで頑張ってこられた大井町役場の方に伝え、それから、これからはなるべく電気を使わないようにするので、お願いだから再稼働しないでほしい、というような話を、関西からこの行進に参加している長谷川さんが話してくれた。

毎日、色々な団体が来て、要請をしていくようで、対応の人たちも疲れているような苛立っているような表情だったけれど、佐藤上人様の要請書の読み上げと、長谷川さんの気持ちのこもった話が、担当の方に伝わっているようだった。

その模様をインターネットで生中継してくれていた。

その後、昼食は大飯町運動公園の中のテント村で頂き、そこにいる方々と交流した。

ゆっくりと休ませていただき、午後もまた歩き始めた。

大飯原発の前までが今日の終着点。いざ、目の前まで行くと、ゲートがあり、「特別警戒中」というプレートが何枚も貼ってあり、ひっきりなしに車が行きかっていた。

ゲートの向こうにはトンネルがあり、その中を通って、原発に通っているのかなと思うほど、原発の姿は全く見えなかった。

ここで明日、お断食をする。場所は平らな場所が全くないので、探した結果、ガードレールの中の傾斜した広場で座ることになった。

本日お世話になるお寺は、曹洞宗寶積寺様。ご住職は、真剣に僧侶として努力されている方で、脱原発の活動を中嶋哲演さんとなさっている方で、先日福井県庁の近くで行われた大飯原発再稼働反対のパレードにも参加なさって、そこでお目にかかっていた。

川の堤防沿いにあるお寺は閑静で、夜には蛍が飛ぶような素敵なところだった。

けんちん汁と、ご飯を炊いて待っていて下さり、食事が終わったころにご住職に自己紹介をして話し合うことが出来て、遅くまで楽しい時間を過ごさせて頂いた。
2012.06.19 6月19日

南無妙法蓮華経

永源寺様の朝のお勤めにお参りさせていただき、その後ご住職様からお寺の歴史についてお話を頂いた。

源氏にゆかりの深いお寺とのことで、今の御住職で27代目だそうだった。
出かける前に、御住職様や奥様と一緒に久しぶりに記念写真を撮った。
起床時間はいつもより早かったけれど、ゆっくり休ませていただき、朝食をご供養頂いた。

あいにく台風が近づいており、雨が降り始めて、一時薄日も差したけれど一日中雨だった。

風も時折強く吹いたけれど思ったほどではなく、それぞれカッパやポンチョを着込んで歩き続けた。

歩いていると、軽トラックが止まり一人の男性が下りてきて、聞けば新潟の柏崎刈羽原発の近くにお住まいだそうで、今回の大飯原発の再稼働に抗議するためにゲートまで行ったとのことで、我々は明後日、大飯原発前で御祈念をすることを伝えチラシをお渡しした。

「黙ってみてるわけにはいかないので、出てきた。一人の動きからすべてが始まると思っている。一週間ほど抗議のために、断食しようかと思って…」と話して下さった。

握手をして別れたけれど、握ったその手は力強く、仕事をしっかりしてきた人の手だった。


歩き続けていると今度は1台車が止まり、何やら話しかけていた。雨の生歩いている我々を見かけ、家で休んで下さいという申し入れだったが、残念ながら通り過ぎてしまい、およりすることが出来なかった。

小浜市役所に到着、2時半に到着予定が雨のために遅れてしまい、後半はかなりスピードを上げて、3時半に着いて、秘書課の方の対応を受けた。

全身ずぶ濡れの我々だったけれど、一部屋に通していただき、要請書を手渡した。

秘書課の方はにこやかに応対して下さったけれど、結局はいつも通りの「市長にその旨お伝えいたします。」ということだった。


車移動で、本日お世話になる日蓮宗長徳寺様に到着、ご住職様と奥様にお迎え頂き、カレーを作って下さって、おいしく頂戴した。

その後、明日は今、話題の大飯町役場に向かうので、毎日のように色々な団体が要請に来ているらしく、我々も門前で・・・ということらしかったけれど、それでも15分時間を頂いたので、何をどう話したらより効果的か、話し合った。
2012.06.18 6月18日


南無妙法蓮華経
美浜原発を7時に出発。

二日間お世話になった杉原さんと、朝の食事の時にいろいろお話をしたけれど、以前学校の先生をされていて、高齢ではあっても頭脳明晰で、鋭く深いお言葉を聞くことが出来た。

その中で今朝は、「やがて食糧不足がやってくるから、空き地があったらなんでもいいから野菜を作りなさい。」と仰って、「これからは世の中が右傾化して、軍備を増強するようになる」とも話しておられた。

今日は、以前参加して下さった鈴木由起さんが、ヨガのお弟子さん方と来て下さった。

その代わり、というわけではないけれど、江口さん、香取さん、福田さんの3人が午前中でお帰りになった。

道を歩いていると、原発に運ばれていく作業員を乗せた大型バスがひっきりなしに通り、狭い道を行きかっていた。

途中大型バスから「命の行進、頑張って~!!!」という声がかかって、昨日の大飯原発再稼働反対のイベントに来られていた方々のようだった。

今日は美浜町役場と、若狭町役場に行き、要請書を手渡した。
原発にほど近い町役場ながら、割と対照的な二つの役場だった。

ただ美浜町は、五木ひろし氏の出身地だそうで、毎年五木ひろしマラソン大会が開かれ、ご本人も参加されるそうだった。

五木ひろし氏は、原発のことをどう思っているのか。

まあ、それはともかく、美浜町は原発とともに40年、町民はそれなりに勉強してほかの人に比べて知識がある、と担当者の方が仰っていたけれど、昨年の原発事故を踏まえ、その40年の安心神話が崩れてしまった今、「安心の上にも安心を重ねて・・・」の言葉が相変わらずむなしく響いた。

でも今回、佐藤上人様が最後に、原発の立地の場所における、発ガン率と白血病にかかる率が非常に高い傾向があることをお伝えして、ぜひ行政の立場で詳しく調査してほしいというお願いをしたことは、ともすれば意見の言い合いになって対立関係のまま終わらせるのが本意ではないこちらとしても、とてもよかったと思った。

若狭町役場は、お二人の方が対応して下さって、こういう団体が来たのも初めてなら、対応に出たのも初めてだったとのことで、それでも真剣に対応して下さった。

役場でのお話が終わり、鈴木由起さんたちともそこでお別れとなった。

今日の宿泊先は、曹洞宗永源寺様。ご住職と奥様に温かくお迎えいただいた。
南無妙法蓮華経

予定が変更になりましたので、お知らせします。



7月7日、早岐駅~205~川棚町~東彼杵町~34~千綿駅(24.5キロ)

7月8日、千綿駅~34~大村市役所~諫早市役所(25キロ)

7月9日、諫早市役所~34~市府~トンネル車移動~西浦上トンネル入り口~
     ~113~平和公園(12キロ)
     平和公園にて祈念
7月10日、平和公園~浦上街道~長崎県庁~長崎市役所
      午後・休息日

以上、よろしくお願いいたします。
2012.06.17 6月17日


南無妙法蓮華経
今朝は6時半にお世話になった杉原さんのお宅を出発し、高速に乗って福井県庁前まで戻った。
大飯原発再稼働に反対する集会とデモ行進があり、それに参加するため、車3台で移動した。
小雨が降ったりやんだりする中、福井県庁前に8時前から座り、お題目をお唱えした。

このイベントに参加する方々が、続々とやってきて、次第に盛り上がりを見せる中、11時までお題目をお唱えするつもりが、あと15分ほどのところで、機動隊の3人と、刑事さん2がやってきて、苦情が来ているので速やかにやめてくれ、と言ってこられた。

許可を取っているなら何も言いませんけど・・・。というので、11時まででやめるつもりです、と話したけれど、終わりにして、片づけをしていると11時になって、その後イベントの会場である公園に移動して昼食をとっていると、東京からバス6台でやって来た方々をはじめ、全国から約2200人が集まり、中嶋哲演さんのお話から始まり、1分間のスピーチをする方が続々と自分の気持ちや思いを、歌で表したり、話をしたりして、我々も前に進み、今まで歩いてきた中でお会いした方々の気持ちとともにここまでたどり着いたことを皆さんにお伝えし、スコットランドから行進に参加しているカレンさんも、日本語でスピーチして、思いを伝えた。

約80人の方のスピーチが終わり、その後パレードに参加して、4時前には流れ解散となったので、ご信者さんの堀さんのお宅にお邪魔して、夕食をご供養していただいた。

今日で、インドから2か月以上ご参加いただいたソバワティ法尼が行進を離れるので、堀さんのお宅でお別れ会となった。

いつも笑顔で行進の先頭を歩いて下さったソバワティさんは、言葉の問題でなかなか気持ちが伝えられなかったこともあったことだと思うけれど、それでもいつも穏やかに笑顔で我々と一緒に歩いて下さった。

2か月も一緒にいると、やはり別れはとても寂しいけれど、でもこうして一緒に歩かせていただいたことで、同じ気持ちを持つ方がインドやネパールにいて下さるということは、とても心強い。

尽きない名残を惜しみながら、6時過ぎに堀さんのお宅を後にして、7時半過ぎに杉原さんのお宅に戻ってきた。

残りも2か月を切り、長いと思っていた行進も、主要なメンバーが一人減り、二人減り、確実に終わりに近づいてきていることを実感して、明日からまた、一日一日を無駄にせず、気持ちを新たにして歩いて行こうと思う。
2012.06.17 6月16日
南無妙法蓮華経
美浜原子力発電所前断食祈念。

出かける前に妙顕寺様の朝勤に参加させていただき、4日間大変お世話になったお礼の気持ちと、これからの行進の無事を祈った。

昨夜から風が強く、小雨も降り出していて、ご住職から、天候が悪い時は無理をせず引き下がる勇気も大切です。」というお言葉を頂いた。もしかしたら、8月に広島でお目にかかれるかもしれないと仰っていたので、またお会いできると嬉しい。

車4台で移動し、現場に到着すると、原発の入口にはPRセンターがあり、今までと違い、まとまって座る場所が見当たらなかったので、道路のわきの雑木林の中にブルーシートを敷き、そこに座ることにした。

幸い、雨も強く降ることもなく、風で雲が流されて薄日が差すこともあった。

御祈念の途中、PRセンターに行き、要請書を館長さんに手渡して、内容を説明しながらしばらくお話をした。

そのPRセンターの佇まいと言えば、宇宙船を彷彿とさせるというか、近未来的というか・・・。
パッと見た感じ、「飛びそう・・・」だった。



考えてみると、子供のころから原子力に親しみを覚えるような設定のアニメや漫画が多かったことに気が付いた。

アルファ、ベータ、ガンマや、クリプトン、ラドン、プロメテ(ウス)など、特撮ヒーローものの飛行機の名前や、ヒーローの出身惑星や、はたまた怪獣の名前など・・・。

原子力に対する期待なのか、はたまた刷り込みなのか?意味はよく分からなくても、なんとなくかっこよくて、言葉になじみはある。

今の立場から見てみると、ずいぶんと作為的だったのかもしれない。

残念ながら大飯原発は再稼働することになってしまったけれど、 福島をはじめ、全国の原発に関わる方々、被災した方々の声を聞き、その思いとともにここまで歩いてきたことを伝えることで、今、話を聞いて下さっている方にも気持ちが通じればいいと思いながら話した。

その後、PRセンターの駐車場から車を移動することになり、その後はじっと座りお題目をお唱えしていた。

午後、堀さんが大太鼓を車に積んでやってきて下さり、大太鼓とともにお題目をお唱えして一気に力強さが増した。


海辺に降りていき、初めて美浜原発の美浜の意味が分かった。

それはもう、本当に美しいという言葉しか当てはまらないような、海の色と雄大な景色で、まさに、「美しい浜」だった。

そこに造られた、腫瘍のような原発。切り取れるものならすぐにでも切り取りたい衝動に駆られた。

一度壊したら、もう取り返しがつかない。
今回が、この景色の見納めにならないように、なんとしても止めたい。
2012.06.17 6月15日


南無妙法蓮華経

「高速増殖炉もんじゅ」前御祈念。

昨日に引き続き、断食祈念ということで、妙顕寺様を6時半に出発して、本日の座る場所を確認するために早めに出かけた。

今までのように、まとまって座れる場所がないので、どこがいいか探していると、入口を警備している方が、チェーンで閉じている空き地があり、「そこに座って下さい。車もそこに止めて下さい。」と言って下さったので、無事に座ることが出来た。

海に降りていく場所があり、そこにトイレもあり、その浜辺から「もんじゅ」の全貌が丸見えだった。

釣りをしている人もいて、雄大な自然の中、気持ちのいい景色が広がっている。

ただ、「もんじゅ」を除いて。

今日は御参加の方が一気に増えて、朝にひさのさとみさんが駅でお別れした後、東京から栗原上人様、江口さん、香取さん福田さんが駆けつけて下さり、石ノ森さん、渡さん、富山でお世話になった内山さん、金田さん、AKOちゃんのご両親が来て下さってとても賑やかに御祈念が出来た。

薄曇りで風も出て来て、気持ちの良い一日だった。

「もんじゅ」に出入りする車の量はかなりなもので、バスも何度も出入りしていた。その中の一台のバスに、「すぐれた技術 確かな安全 世界に示す 新生もんじゅ」とステッカーが貼ってあり、正直「いまさら?」と驚いた。

御祈念が終わり、海の方へ降りていきお神酒とお題目の紙を海に撒いてご供養した。
2012.06.17 6月14日



敦賀原発前で断食御祈念

原燃に問い合わせると、すぐに目の前が海で、座る場所がないので聞いてみると、昨日も行ったのでその時の姿を見ていたようで、昨日も来てましたね。整然としている様子なので、芝生でやってもいいですよ。と許可を頂いた。

トイレもPRセンターにあるのを使わせてもらえることになり、待遇がよかった。
車の出入りが激しくて、忙しそうだった。

昼休みにはジョギングをする人が多くて、車の出入も、警備の人が車の下を鏡で確認することまでしていたので、そこまでやるのか、と思いながら見ていた。

海を眺めると、魚も泳いでいるのが見えるほどきれいだけれど、6月で、もうすでにクラゲがたくさん漂っていた。
2012.06.17 6月13日


南無妙法蓮華経
海と山がきれいだった。敦賀湾が素敵だった。
道が狭く、歩道もないところもあって歩くのに気を遣いながら進んだ。

お昼に、今日も南部さんが』沢山のおにぎりを持ってきて下さって、皆で有難くいただいた。


お昼にボートを洗っていた若い男性と少し話をした。京都から来たというその男性に、行進の趣旨をお話しして。「原発、どう思いますか?」と聞いてみると、やはり反対だけど、正確な情報が何かよくわからないので・・・。と仰るので、こちらで持ち歩いている資料を少し分けて差し上げた。
今日は歩く距離が短かったので、午後は半日お休みのような感じで、敦賀の街を歩いてみた。
通りの至る所に「宇宙戦艦ヤマト」や「銀河鉄道999」の映画のシーンを表したオブジェが飾られていて、子供のころに夢中になってみていたので懐かしく思いながら、でも、そのオブジェのスポンサーの名前が「日本原子力発電株式会社」と書かれていたりして、複雑な思いで眺めた。

郵便局に用事があり、窓口に行き係の方に受け付けていただいた時、地元の住所ではないことから「命の行進」の話をすると、「遠くから大変ですね。荷物になるかもしれませんけど・・・。」と言って、ハンカチの詰め合わせを下さった。

その他コインランドリーにも行き、いろいろ用事を済ませることが出来てよかった。
2012.06.14 6月12日


南無妙法蓮華経
出かける前に、福井道場、塩見上人様から朝のご法話を頂いた。

「御祈念は、頭数は関係ない。仏様に願いが届くかどうかが大切である。」
「地涌の菩薩は名を残さない。」「我々は地涌の菩薩ではない、ただ、地涌の菩薩の御修行の真似事をさせてもらえればいい。」
「仏様の意にかなえば、一人の御祈念でも願いは届く」ということをお話し下さった。

このところ、県庁前での若者の平和行動があったり、平和活動をしている地元の方と繋がることもあるけれど、曲げてはいけないことは、お題目を唱えて祈っていくこと。

「平和」という思いでは一つでも、そこに至るまでの行いや思いによって、結果が大きく異なる。

「脱原発」に向けての思いは一つでも、仏意にかなわないのでは願いもかなわない。

改めて、出家者としての心構えを教えていただいた。

このところ、新聞に取り上げられたり、注目されることも増えてきたけれど、決して名を残すためではなく、人と人との心を結んでいくことを基本に置いて行っていきたい。

一人であったとしても、大勢であったとしても、共通の意識の中心となるものを「お題目」として、歩いていくこと。

ただ、それだけ。


あれこれ思い悩むこともあったけれど、ただ信じてお題目を唱えて行こうと改めて思った。

福井道場は今日が最後。4日間お世話になり、ご信者さんの落合さんを始め、堀さんご夫妻にも大変お世話になり、お上人様からたくさんのご教示を頂いた。

大勢で押しかけてしまい、迷惑な顔もせずにお迎えいただき有難かったと同時に、ともすれば持ち前の自由さで気ままな行いに流されてしまうこともあり、申し訳なく思うこともあった。

頂いたご教示をこれからの行いに生かしていこう。

それから、行進の初めのころに運転をして下さった鈴木さんが、お母さんとともに行進に参加して下さった。

今日歩いたところは、道が細く、車もバンバン通り、初めての方にはかなりレベルが高いところだったけれど、初めて歩いたとは思えないほど、鈴木さんのお母さんはしっかりと歩いて下さり、歩き終わってからも「最後まで歩けなくてすみません。」と仰って下さった。

一日だけのご参加だったけれど、歩くことに思いを持って下さる方がいることで、自分も気持ちが引き締まった。

お母さんも、鈴木さんも来て下さってとても嬉しく有難かった。

敦賀市役所に到着、議場で対応を受けた。

いつもは丸くテーブルを囲んでの話合いとなるけれど、今回は応対の3名の方とこちらから4名の人間がテーブルに着き、あとの方々は後ろの席に並ぶ形だった。

こちらの申し入れを受け取っていただく形に変わりはないけれど、それぞれの自治体での対応は、丁寧にこちらの話を聞いて下さって、時折ご自身の思いを語って下さることもあり、人として気持ちを向けて下さる瞬間が見えることがあり、嬉しく思う。
2012.06.14 6月11日


南無妙法蓮華経

福井道場を6時半に出発、福井県庁を7時に歩き出した。

鯖江市役所に到着し、請願書を手渡した。秘書課の女性の方が気持ちよく対応して下さって、4か月以上をかけて歩き、その土地に住む方々の気持ちや思いを抱えながらここまでやってきたことをお伝えして、請願書とともに、内部被ばくに関する資料をはじめ、様々な資料をお渡しした。

資料をお渡ししながら一言二言お話をするけれど、今日はしきい値や、UPZなど目安として設定すると、あくまでも目安だったはずが、どんどん絶対的なものと思い込んでしまって、それに見合っていれば問題ないものとなってしまう。

たとえば、飲酒運転や凶悪犯罪が増えて、何とか対策を立てようとして、それに合わせて罰則をさらに厳しくして、法整備をしたとしても、一向に犯罪は無くならない。

見るべきものは人の心であり、人の心に生まれる欲。

罰則をさらにさらに厳しくしたところで、さらなる安全に安全を重ねて、といったところで、人の心が変わらない限り、飲酒運転は無くならないし、原発もなくせない。

罰則も安全も、厳しくしたところで際限が無くなるだけ。

だったら、きりのない安全を重ねていく努力をするより、安全を重ねていく必要のない、原発を無くしていくことの方が楽なことだと思うし、お金の為、生活の為ということで原発にお勤めの方も大勢いるけれど、将来自分の子どもや孫をはじめ、未来の存在に胸を張って引き渡せる世の中をはじめ、目先の決定としては賛成していた方がみんなの為になるとしても、長いものに巻かれて自分の意見を曲げることなく、自分たちの子孫に、胸を張って地球を守ってくれたと言われるような生き方をしたいものだと思う。
2012.06.14 6月10日


南無妙法蓮華経
今日は休日。とはいうものの、福井県原子力安全専門委員会の最終発表があるというので、午後2時半過ぎに県庁前まで車で出向き、そこでその話が終わるまで御祈念することにした。

午前中は、個人的な用事をそれぞれに済ましてきた。
お昼にはお寺に戻り、ご供養頂いた昼食を有難く頂いて、午後2時半過ぎに、ご信者の堀さんとともに伴走車で県庁に向かった。

整理券が配布されて、抽選で中に入れるはずだったのが、どうもすんなりいかず、警官隊が県庁の入り口に走り込んでいくのが見えた。

我々は堀の外から県庁を目掛けてお太鼓を打ち、御祈念していた。

福井新聞が昨日取材に来ていたので、コンビニに行って、新聞を求め記事をチェックすると、かなり大きめに、カラー写真とともに載せていただいていた。

座って御祈念を始めると、雲行きが怪しくなって雨も降り始めた。それでも降り続けることではなく、大音声でお題目をお唱えし続けた。

県庁の中に入ることが出来た仲間が外に出てきたので、そこで終わりにして、詳しい話を聞くと、60名ほどが集まり、抽選で50名が選ばれ、皆中に入ることが出来るにも拘らず、中へは入れられず、暴力に訴えたわけでもないのに警官隊がなだれ込み、しかも結局傍聴することが出来ず密室での会議となり、午後9時までかかったようだった。

最終的には県知事の答え如何ということになった。

それでも、太鼓の音は傍聴席にいる人たちに聞こえていたそうで、元気づけられたと言って喜ばれた。

今朝ほど、現在お世話になっている福井道場の塩見上人様から、「『仏事』とは、人間がやるのではなく仏様がなさること。」というお言葉を頂き、自分自身思いを改めた。

自分の思いはともかく、純粋にお題目をお唱えしていくことに集中していくことが必要なことだと思う。

今日の夜、ネパールから来られたウダヤバタラ上人様が、行進を離れて東京に戻られる。
これまで行進に参加いただく中で、自治体に働きかけるときなど、仏様の教えを語って下さり、日本や日本人の素晴らしさを語って頂き、いつも笑顔で我々を支えて下さった。
佐藤上人様をはじめとして、日本人の出家者がほとんど伴走車に乗り込み、福井駅までお見送りをした。
有難いご縁を頂くことが出来て何よりだった。
ウダヤバタラ上人様が抜けても、気を引き締めて頑張っていこう。
2012.06.14 6月9日
南無妙法蓮華経
日本山妙法寺福井道場に泊めていただき、あわら市役所を8時に出発した。
久しぶりに雨模様で、1日降り続いていたけれど、終わりのころになって薄日が差してきたようだった。

ご信者さんの堀さんにもお世話になり、行進の途中で、お宅にお邪魔してお茶を頂いた。
ただ雨降りの1日だったので、お宅に入るにもはばかるような見事に全身がびしょ濡れだったので、申し訳なかった。
今日は午後4時に福井の若者たちが脱原発に向けて、パレードをしたり、歌を歌って行動を起こす!というので、それの後方支援、というかお手伝いで太鼓を叩きお題目をお唱えして、一緒に県庁までパレードをして、その後「人間の鎖」として手を繋ぎ、童謡「ふるさと」を歌うというイベントに参加した。

福井新聞が取材に来て、佐藤上人様が取材を受けた。
2012.06.14 6月8日


南無妙法蓮華経
西圓寺温泉を6時に出発。雄谷さんが早朝から来て下さって、車で市役所までお送りいただき、見送って下さった。

今日は行進もさることながら、県庁や市役所などにも請願書を持ってお邪魔することになっていて、いろいろ忙しかった。

距離自体は短かったけれども、自治体を回ることで忙しくなり、そこで気疲れが起きたりしてちょっと疲れてしまった・・・。

何とか話が出来るならまだしも、共通の話題がないことから始まり、何とか糸口がつかめたかな?というところまでは、なかなか進めない。

言葉を使いながらも、言葉がイマイチ伝わらない・・・。

不思議な国になってしまった。
2012.06.14 6月7日


南無妙法蓮華経
金沢道場を6時40分頃出発。出かける前にいつものように記念写真を撮った。

川岸お上人様に車を出していただいて、金沢市役所まで送っていただいた。

朝の商店街を太鼓を叩き、お題目をお唱えしながら歩いていたら、通りの向こうから携帯をいじっている若い男性から2度、「うるさい!  うるさい!」と叫ばれた。

9時ごろ野々市市役所に到着。請願書をお届けした。
これを皮切りに、今日は全部で4か所の自治体を回った。

今日宿泊や昼食などのお世話をして下さる、日蓮宗行善寺様の雄谷(おおや)さんが来て下さって、一度お寺にお参りさせていただき、その時に昼食も頂き、その後白山市役所の対応にご一緒して下さった。

その後、能見市役所に向かい、少々時間が遅れてしまったけれども、お二人の方に対応を頂き、その方々の対応が素晴らしかった。

どの自治体に行っても、個人的な意見は差し控えるという言葉が聞かれるところを、能見市役所の方は、堂々と自分の意見をお話になって、また、国からの情報を鵜呑みにすることなく、地震で本を読みながら勉強をしているところもあり、とても感動した。

行善寺様はお釈迦様のお母様である「摩耶夫人」をお祀りされているお寺で、特別に御開帳をしていただき、摩耶夫人のお姿を拝見させていただくことが出来て、とても嬉しかった。 
社会的な活動を長いこと続けてこられていて、障害を持つ子供たちの自立支援と、無理なく社会に参加できるようなシステムづくりをしてこられた行善寺様のご住職も奥様も、とても暖かく穏やかな方だった。

今夜は、西圓寺温泉という、行善寺様で管理している、以前真宗だったお寺の建物そのままで地域の人々に無料で開放している温泉施設に特別に泊めていただくことが出来て、おかげさまでゆっくりとお風呂に入らせていただくことが出来た。
2012.06.14 6月6日


南無妙法蓮華経
朝6時に金沢道場から出発した。川岸上人様に車を出していただき、お見送りを頂いた。

今日は3か所自治体を回ることになっており、請願書を読み上げ、資料をお渡ししたけれど、最近この行進も名前が知られてきたようで(?)、フェイスブックをプリントアウトしたものを手元にお持ちの方もいて、また、ブログなども見て下さっているということで、それぞれの自治体の対応如何を書くのも差し障りが出ると思うので、どこがどうだったということは控えるけれども・・・。
一様に言えるのが、前にも書いたように「国からの指示を待って・・・。 国が主体となって・・・。」など、人任せなこと。国策で進めてきたからこそ、当然責任もあるけれども、一方で、「脱原発を目指す首長会議」という団体が組織され、茨城の東海村村長や、静岡県湖西市長をはじめ、70名ほどの自治体の長が参加している現状があり、国からの判断に従うのではなく、国に意見を上げていこうとする存在もあることを説明して、訪れた自治体にご紹介し、参加を呼び掛けているけれど、独自の判断や対応をして下さっているところがあると聞くと嬉しくもなるけれど、圧倒的に指示待ちなところばかり。
今、この時にもいまだ止まらぬ放射性物質に、恐れと苛立ちを覚えている人のことを、少しでも自分の身に置き換えて考えてみてほしい。
2012.06.07 6月5日


南無妙法蓮華経
3日間お世話になった「わくわく倶楽部」を6時半に出発、7時に宝達志水町役場から歩き出した。

今日は距離が短く、20.3キロで午後1時半に、かほく市役所に到着した。

役所の職員の方々が、玄関際に出てきて、我々を、なんと拍手で迎えて下さった!

それまでは警備員がずらっと並んでいたり、日直の方にひっそりと手渡して来たりということがあったけれど、このように拍手で迎えていただけるとは思っても見なくて、誰かほかの団体と勘違いしているのか?と思ったりして、歓迎の意を示して下さったことに対してこちらも拍手を返せばよかったと思った(笑)。

対応を受けた後、内灘町役場にも行くことになり、この行進に理解を示して下さる町議の水口さんという方のお世話で、休館日である歴史資料館をお声掛け頂き開けていただいて、そこで、内灘闘争という米軍との射撃場設置に関する闘争の歴史について知った。

内灘町役場は、突然お邪魔したにもかかわらず、丁寧に対応して下さった。
役場内には殺処分される犬や猫についての情報や、里親制度についての案内があり、自治体で、このように公開しているのを始めてみたので、何か協力できないかと窓口に聞いてみたりした。


今日と明日の2日間、日本山妙法寺の金沢道場にお世話になる。

広島道場の川岸お上人様が、先月末から準備に入って下さって、我々を温かくお迎え下さった。
ご信者の西堀さんを始め、心のこもったおもてなしを受けて、我が家に帰ったような思いで休ませていただくことが出来た。

道場のすぐ近くにある、清澄、博多のような、日蓮大聖人の立派なお姿が安置されているという場所を川岸お上人様にご案内頂き、その後お風呂に連れて行って頂きゆっくりと汗を流すことが出来た。
2012.06.07 6月4日
 

南無妙法蓮華経
東さんのお宅「わくわく倶楽部」を7時半に出発。志賀町役場に8時半に到着し、対応を受ける。

本日は、鈴木由紀さんと、秋元千秋さんが行進に参加して下さった。
鈴木さんは仕事の関係で今日1日だけれども、昨年の「命の行進」にも参加して下さった方で、今年もまた御参加下さって、とても嬉しい。

秋元さんは群馬からのご参加。3日間一緒に歩いて下さるとのこと。

コンビニでトイレ休憩を入れながら、4キロ前後を歩いて、今度は午後2時に羽咋市役所を訪問、請願書を手渡し、自己紹介を兼ねて一人ずつ話した。

その次は宝達志水町役場に午後4時に到着。

各自治体での対応は、いつも通り、「国からの指示を待って・・・。」「脱原発はすぐには難しい・・・。」などなどで、相変わらずの見事な他人事ぶりだったので、かなり力が抜けて、疲労感満載だった。

暖簾に腕押し、糠に釘。話し合いの糸口にたどり着けるかどうか、やっとのことで辿り着けても「時間です。」ですぐ終了。

こちらも何か効果的な働きかけ方を見つけないと、時間だけが過ぎてもったいない。
ぐったり疲れた体を、東さんが心を込めて作り持ってきて下さったカレーが我々を癒してくれた。
2012.06.07
6月4日 

南無妙法蓮華経
東さんのお宅「わくわく倶楽部」を7時半に出発。志賀町役場に8時半に到着し、対応を受ける。

本日は、鈴木由紀さんと、秋元千秋さんが行進に参加して下さった。
鈴木さんは仕事の関係で今日1日だけれども、昨年の「命の行進」にも参加して下さった方で、今年もまた御参加下さって、とても嬉しい。

秋元さんは群馬からのご参加。3日間一緒に歩いて下さるとのこと。

コンビニでトイレ休憩を入れながら、4キロ前後を歩いて、今度は午後2時に羽咋市役所を訪問、請願書を手渡し、自己紹介を兼ねて一人ずつ話した。

その次は宝達志水町役場に午後4時に到着。

各自治体での対応は、いつも通り、「国からの指示を待って・・・。」「脱原発はすぐには難しい・・・。」などなどで、相変わらずの見事な他人事ぶりだったので、かなり力が抜けて、疲労感満載だった。

暖簾に腕押し、糠に釘。話し合いの糸口にたどり着けるかどうか、やっとのことで辿り着けても「時間です。」ですぐ終了。

こちらも何か効果的な働きかけ方を見つけないと、時間だけが過ぎてもったいない。
ぐったり疲れた体を、東さんが心を込めて作り持ってきて下さったカレーが我々を癒してくれた。
2012.06.07 6月3日


南無妙法蓮華経
志賀原発前で断食御祈念。

今朝は6時15分に出発して、海で流し供養の場所を探しながら、8時から、現在は閉鎖されている、原発の正面入り口前で座り始めた。

この場所でも、たった一人で原発に反対していた、橋さんと仰る89歳のおばあさんがいらして、その方のお宅に伴走車を止めさせていただくことになった。

今日もいい天気で、早くもセミが鳴きだしている中、負けずにお題目をお唱えして、太鼓を叩き始めた。


2日付の北國(ほっこく)新聞に記事が載ったそうで、記事を手に入れて、みんなで回し見た。

お断食中も中日新聞と北國新聞がそれぞれ取材に来て下さって、明日の朝刊に載るようだ。

御祈念中、何度も何度も警備会社の車が見回りに来て、原発の中、塀越しに誰かがこちらの写真を撮っていた。

塀に設置されている防犯カメラも、こちらの動きに機敏に対応して、見ていて面白いほどだった。

橋さんの紹介で、午前中御祈念を抜けて、内山さんと長谷川さんと一緒に、長いこと原発の反対運動をされている「民宿小がわ」にお邪魔してお話を少しだけ聞くことが出来た。突然お邪魔したので驚かせてしまったようだけれど、お目にかかることが出来てよかった。


お断食を終えて、内山さんのご案内で団結小屋を案内していただき、中に入ると、その当時真剣に原発に反対していた方々の気持ちが伝わってきて、叶わなかった事実と併せて考えると、何とも言えない気持ちになったけれど、今回こそ、決して諦めずに祈り続けようと思った。
2012.06.07 6月2日
6月2日
南無妙法蓮華経
本堂で朝勤をさせていただき、朝食を頂いて、本土寺様を7時に出発。
出かける前に、お寺の方々と一緒に記念写真を撮り、歩き出した。

金田さんと、この間お世話になった内山さんが行進に参加しに来て下さった。

志賀町役場に到着。いつもならば請願書を読み上げ、町長さんに手渡すところだけれど、今日は土曜日で役場はお休みなので、月曜日に改めてまたお邪魔することを日直の方にお伝えした。

役場のすぐ近くにある道の駅「ころ柿の里」で昼食休憩をした。

ここから久しぶりに伴走車の運転をすることになり、今日の目的地である志賀原発までの間、正面はどこかや、近くの海にお神酒やお題目を流す場所を探した。

内山さんから以前脱原発の仲間で建てた、団結小屋の話を聞き、その場所を探して車を走らせ、赤住(あかすみ)地区を右に曲がっていくと、アリス館志賀という原発PR館を通り、その先に志賀原発の入り口が見えて、ダンプやトラックがひっきりなしに走り込んでいる。警備員が誘導しているので、その方にここが正面かどうかを聞くと、正面は閉鎖されていて、入口はここしかないとのことだった。

「なんかあったんですか?」と警備の人に聞かれたので、「いえ、道に迷っちゃって・・・。」とごまかして、さらに原発の周りを車を走らせると、森の中から10基以上の風力発電の装置がそびえ立っているのが見えた。

原発近くに、海に降りていける場所が見当たらなかったので、少し車を走らせると、福浦漁港という小さい港があり、そこに一人、漁の準備をしている人がいたので、その方に、明日ここでお神酒を流しいてもいいかをお断りした。

その場は許可が出たけれど、あとで電話が来て、漁協に確認してほしいということだった。

そんなこんなで動いていたら携帯が鳴り、佐藤上人様から、東門に到着したという連絡があったので、急いで現場に向かうと、5,6人の警備員に話しかけている行進団の3,4人と、通りを挟んで黙って車を待っている行進団の7,8名に分かれていたので、何かあったのかと思って近づいていくと、警備員がこちらを中に誘導しようとするので、中に入れてもらえるのか?と思ったけれど、そんなわけもなく、車を降りてみると、イヤァな雰囲気だった(苦笑)。

特に揉めたわけではなかったようで、ただ、警備の人たちが警戒して何を聞いても「お答えできません。」の一点張りだったようだ。

今日の行進は原発で終わり、車で3日間お世話になる宿泊場所に向かった。

日本山のご縁の方で、東さんご夫妻が駅で待っていて下さり、沢山のおにぎりとともに、我々を迎えて下さった。
2012.06.07 6月1日


南無妙法蓮華経
光照寺様を出発間際、廊下に子猫が顔を出した。
首輪もついていて、呼べば近くに来るし、可愛らしいのでみんなで可愛がっていた。

いざ出発の時になり、お寺の奥さんがお見送りに出てきて下さり、子猫もそこにいたので「可愛いですね。」というと、「えっ? 家のじゃないけど・・・」と言われて一同びっくりした。

本日は石川入り。ずっと峠道を登って行った。

富山と石川との県境で、真新しいお社に安置されたお地蔵様の前で昼食を頂き、休憩の後、今度は下りの道をひたすら、森や林、田んぼや麦畑の中を歩いた。

中能登町役場に2時半ごろ到着、総勢11名の職員の方が玄関先でお迎え下さった。

とても友好的ではあったけれど、あくまでも玄関先での対応で、休ませてもらいたいわけではないけれど、石川県以外では会議室に通していただき対応を受けたことを話すと、実は会議室は抑えてあるので、今からどうか?といわれたけれど、これまで役場には色々な団体が来られるようで、うかつに中に入れてしまうのは危険だという判断で、こうなったのだろうけれども・・・。

本日お世話になる日蓮宗の本土寺様の副住職様は、学生時代に、都内のお寺でのお経の勉強会でご一緒させていただいたことがあり、思いがけなく久しぶりにお目にかかることが出来た。

本土寺様は日像上人様の由緒のあるお寺で、お話を聞かせていただき、手厚いおもてなしを頂戴して、久しぶりにフカフカのお布団で休ませていただくことが出来た。
2012.06.01 5月31日


南無妙法蓮華経
6時半に県庁を出発。内山さんが一日お付き合い下さった。お昼ごはんのお弁当もご供養して下さった。
高岡市役所近くの公園でその弁当をいただき、午後1時に市役所に向かい、請願書をお渡ししてきた。
応対はロビーで、総勢10名ほどの職員の方が出てきて下さった。
対応の中心は総務部の部長さんだったけれど、こちらが請願書を読み上げ、手渡しをすると、一言挨拶すると「お疲れ様でした。お帰り下さい。」と言わんばかりの勢いで、話しを聞こうという気が無いようで、そこで引き下がってはつまらないので、色々と質問をしたけれど、どこの役場でも聞くような、「国からの指導を待って、今すぐ具体的に動く予定はない」というようなことだったし、とにかく受け取ったからもう帰ってくれ、という状態だったので、あまり引き留めても申し訳ない気になって帰ってきた。

市役所を後にして歩き出すと、さっき公園であった中学生たちとまた出会った。
ネパールの御出家方が一緒に写真を撮ったりして、仲良くなったのでまた出会えたのは嬉しかった。
またしても、誰一人として日本人とは思われなかった・・・(笑)。

お仏舎利塔があることを聞いて、お参りさせていただいた。
仏石寺様というお寺で、お参りをさせていただいた後、ご住職に声をかけていただきお茶を頂きながら、お仏舎利塔の経緯などを伺うことが出来た。

氷見市役所に本来は4時半ごろ着くはずだったのが、少し遅れてしまい市役所のご厚意で、5時半まで会議室で対応を受けた。

対応して下さった方も、誠実に話を聞き、ご自身の気持ちも話して下さったのでよかったけれど、どうしても、もう一歩足りなくて話し終わった後、実はがっかりすることが多い。

どこでも大体、「国からの指導を待って・・・。」「今は難しい状態なので、即答することは差し支える・・・」とか。

どの役場に勤めていても、町民であり、市民であり、県民であり、そして国民だ。

福島だけがつらいわけではなく、もう、地元ではなく、日本の問題だけでは無く、世界中の関心事であり、一大事である。

その真っ只中にいながら、やはり「ひとごと」である各自治体の役職の方々。それでもその中でも、被災地に行かれてボランティアをしてきたという方もいるということで、実は北電の方も2回、仙台や石巻に出向いているとのことで、そこに希望を感じることも出来る。

少しでもみんなの気持ちが良い方向に向かっていくと有難い。
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