2012.05.17 5月17日


南無妙法蓮華経
フェリーでの快適な一夜を過ごして、船は新潟港に6時に到着した。

新潟港は曇りがちだったけれど、暖かくて風もなく、穏やかな新潟でのスタートを迎えることが出来た。
フェリーを降りるとすぐに歩きだし、一路市役所へ向かった。

登校途中の小学生とすれ違い、挨拶を交わしながら歩く。北海道の時と少し違い、恥ずかしそうに、あるいは驚いたようにしている姿が印象的だった。

市役所に着き、玄関先で対応を受けた。
穏やかな方たち3人が出てきて下さり、請願書を読み上げて、資料とともにお渡しし、少しお話をしてこちらの思いをお伝えした。

その後、少しの間休憩させていただき、今度は県庁に向かって歩き出した。

県庁に着くと、先ほどとは打って変わって原子力安全対策室のようなところに所属する男性がお一人で出てこられて、先ほどと同じように、請願書を読み上げたけれど、それまでは少し緊張しているようだったのが、次第に解けてきたような感じがあって、こちらもホッとした。

実は県庁に行く前に、事前にメールやファックスなどで連絡を入れているけれど、これから行くと、電話で確認の連絡を入れたところ、「聞いてない。」「突然そんなことを言われても・・・」などという返事が返ってきたそうで、どんなことになるかと思ったけれど、対応して下さった方は、「いい人」だったので、佐藤上人様が請願書を読み上げた後、以前から気になっていた、風力、火力 水力などの発電所にはつかないのに、「原子力安全対策室」など、原発関係には、わざわざ「安全」と付くところが、いかにも危険であるという証明だとも思えるので、気になって聞いてみると、ちょっとあわてていた。

県庁から失礼しようとすると、我々の様子をご覧になっていた女性が二人いたので、チラシを差し上げると、その方々も県庁に要請に来られた方で、『みんなで決める会「原発」新潟県民投票を成功させよう!』という活動をしている方々だった。

皆で記念に写真を撮り、しばらく駐車場でお話をして、今度は車移動で新津に向かった。

新津には、日本山妙法寺の道場があり、林庵主様が食事を用意して、我々を温かくお迎えくださった。

お仏舎利塔をお参りして道場に入り、心のこもった食事を有難くみんなでいただきながら、自己紹介を兼ねていろいろ話が盛り上がり、ゆっくりさせていただいた。

本日の行進は県庁まで。あとは半日のお休みということで、明日の朝はまた道場にお参りしてから出発することにして、本日の宿泊先に移動し、それぞれに過ごした。

本州に戻り、また明日から祈り歩く。その土地その土地で雰囲気が違うけれど、これから進んでいく日本海側はどんな様子だろう。状況は深刻であり、そこに住む人たちの思いはどこにあるのか・・・。
2012.05.17 5月16日


南無妙法蓮華経

今朝は、バックパッカーズホテル「杜の樹」にて6時半起床。
いつもの起床は、大体4時半なので皆寝てられないのか早々と起きていた。

9時過ぎに、この宿をお世話下さった、日蓮宗法輪結社、飯田上人様が来て下さって、フェリー乗り場までお見送り下さった。

新潟行きのフェリー乗り場には、先日来て下さった札幌道場の高橋庵主様をはじめ、ご信者さん方がわざわざお見送りに来て下さっていた。乗船までの間お話をして楽しく過ごさせていただいた。

10時30分新潟に向けて出発。到着予定は明朝6時。

乗船後、皆思い思いに過ごして、のんびり船の旅を楽しんでいるようだった。
陸地に近い当たりではまだ、電波も届いているようだったけれど、さすがに沖に出ると携帯も圏外になってしまい、体を休めることが快適な一夜をできる。

食事も一晩のことではあるけれど、前もって行進者の中嶋さんが準備をして下さったので、船の中で有難くおいしくいただいた。

沖に出ても、大きく船が揺れることもなく、お風呂もついて、ゆっくりと海を見ながらお湯につかることが出来て、本当にありがたい時間だった。
2012.05.16 5月15日


南無妙法蓮華経

本日は6時半に車で移動、仁木駅を7時に歩きだし、余市町役場に8時半過ぎに到着した。

朝のお勤めの後、行進に参加して下さっていた、札幌で鍼灸師をされている那須さんが今日で行進を離れるので、一言御挨拶をいただいたとき、ご自身の手帳に書かれている、宮澤賢治の「アメニモマケズ」を朗読して下さって、これから、まだ先に進む行進団に、暖かく、大きな力となる言葉を示して下さった。

余市町役場でも丁寧に応対をしていただき、脱原発に向けての考えを聞かせていただき、こちらの思いもしっかり伝え、受け止めて下さった。

役場を後にしてから、フゴッペ洞窟を見学し、おたもいにあるストーンサークルなど2か所を回り、祈りをささげた。

フゴッペ洞窟は、その中に文字のような、絵のようなものが数多く刻まれているのが昭和26年に当時の中学生によって発見され、それ以来研究対象となっているもので、野ざらしにはされておらず、教育委員会により入口に展示室が設けられ、しっかりと管理されていた。

脈々と流れる歴史の中で、途切れてしまい、今からすればよくわからないものでも、分るか分らないかではなく、確かにその時間があり、その中に自分たちの命も含まれていることを自覚しないと、想像することで気持ちを向けることが出来れば、お互いにより豊か生き方ができると思う。

歩いている途中、例によって下校途中の中学生と一緒になり、手を振ったり振られたり、コンビニで休憩中でも通りかかった中学生と話し込んだりしながら過ごした。

このコンビニでは、地元の北海道新聞の方が取材に来たりして、結構賑やかだったり、那須さんのかかわりの方々が大勢で来て下さって、小樽市役所まで一緒に歩いて下さり勢いのある行脚となった。

小樽市役所に到着すると、待っていて下さった方もいて、拍手でお迎えいただき、その方々と一緒に会議室で役所の対応を受けた。

市長は不在で、代わりの担当の方が対応して下さり、丁寧に聞いて下さったけれど、時間がないとのことで、請願書を読み上げ、手渡して終わった。

その後、玄関先で皆さんと交流し、記念に写真を撮り、本日の宿へとご案内いただいた。

今日の宿をご供養して下さったのは、日蓮宗の法輪結社 飯田上人様で、雰囲気の良い旅行者用のホテルでゆっくりさせていただいた。

以前からの行進のご縁で、今回も何度もお手伝いをいただいた、やなぎさんが顔を見せて下さって、遅くまで話し込んだりして楽しく過ごした。

明日は午前10時半にフェリーに乗り込み、新潟へ移動するので、なんとなく気持ちも緊張がほどけている感じ。

明日は出発する北海道、今度はゆっくりと回りたい。できれば原発がすべて廃炉になり、心置きなく北海道を満喫できるようになれると嬉しい。
2012.05.16 5月14日

南無妙法蓮華経

今朝は6時半に車で国富まで移動し、7時から歩き出した。

笹森上人様は、お昼過ぎまでご一緒に歩いて下さり、行進も和やかさの中に、キリッとしまった感じで歩くことが出来た。

北海道に入って、みんなが実感していることは、地元の方々は子供もお年寄りも、男性も女性もみんな親切で、旅人を受け入れてくれるような懐の深さがあること。

我々が歩いていると、むこうから「こんにちは」 「おはようございます。」など、声をかけてくれたり、通学途中の子供たちに手を振ると、みんなすぐ手を振りかえしてくれたり、歩いていて、とても嬉しい。

ただ、道が広いせいか、車のスピードはかなり速く、道幅が狭いところでも、歩行者に遠慮なく突っ込んでくるところはお互いに気を付けないと・・・。

昼食休憩は、「きのこ王国」という道の駅のような、キノコをメインに地元の食べ物を扱っているところで採ることになり、笹森上人様が行進団にきのこ汁をご供養して下さった。

このところ、北海道でも暖かさを感じられるようになってはきたけれど、風はまだ冷たくて、きのこ汁をいただき、体の中から温まった。

笹森上人様とはここでお別れとなり、本日の最終地点である仁木町役場へと向かった。

役場に到着すると、3名の担当の方がお迎えくださって、原発に関しての町の在り方などを聞かせていただいた。

請願書を読み上げ、役場の方と交流していると、町長さんが仕事を終えてきて下さり丁寧に
こちらの話を聞いて下さって、受け止めて下さった。
今までは、ダメでもともとで


仁木町は果物が豊富にとれるところで、おいしいお米も取れるそうで、バイタリティにあふれた町長さんのお話しぶりから、こちらもずいぶん力をいただいた。

行進団のこともずいぶん気にして下さって、本日の宿泊先に、あとで飲み物の差し入れを届けて下さった。

今まで何度も、色々な役場にお邪魔したけれど、差し入れをいただいたのは初めてだった(笑)。
2012.05.16 5月13日

南無妙法蓮華経

母の日の今日、泊原発での終日御祈念となった。

天気は良かったものの、風が強く冷たくて座っている間、体の震えが止まらなかった。

朝8時から御祈念スタート。正面ゲート前にブルーシートを敷き、お坊さんをはじめとして、10名以上の人間が、うろうろと何やら怪しい動きをしているにもかかわらず、警備の人たちは一言も聞いてくることなく、完全な無関心状態だった。
断食祈念中、警備の人たちはただ淡々と、車が来たらゲートを開けて、閉じて、の繰り返し。

目の前の自分たちをまるでいないことのように、ただ、淡々と自分の仕事をしていた。

ただ、時折、一人の人が双眼鏡でこちらを数えていたけれど・・・。

マザー・テレサは「愛情の反対は、無関心です。」と仰ったけれど、あまりにも無関心な態度に出られると、怒りでもぶつけてこられたほうが、まだ話し合う余地がある分、ずいぶんとマシなことだと思えてくる。

御祈念の途中から、次第に人が増えてきて、最終的に総勢22名となった。
その中には、北海道で御修行をされている笹森上人様をはじめ、日本山の御出家はもちろん、在家の方々も多数ご参加を賜り、大変有難い御祈念となった。

午後3時半にはお断食を終了として、次に御祈念をしていたすぐそばの海岸で、海を清めるために、また、犠牲となっている数多くの命のご供養として、お題目を書いた紙を皆で海に流した。

夜には、地元で長年反対活動と、原発ができる前から、海の水温を35年間図り続けいている、斉藤武一さんをはじめ、お仲間の方々が来て下さり、斉藤さんが長年続けている原発反対の紙芝居を見せていただいた後、お互いに話し合うことが出来て、夜遅くまで語り合うことが出来た。

斉藤さんの紙芝居は、原発に関しての現実の問題に対して働きかけている内容で、北海道内ではがんの死亡率が一番高いのは泊村であったり、9月11日の同時多発テロ以降、泊原発の前の海に巡視船が1か月交代で配備されているそうで、原発の中にも機動隊が配備され、ミニマシンガンを携帯して警備にあたっているとのこと。

原発がなければそんな配備もいらないし、そこで発生するお金は国民の税金から。

その昔、萱沼炭鉱があったころは1万人まで人口があったはずなのに、炭鉱が閉鎖され、人口も6000人から3000人にまで減ったそうだけれど、原発が誘致され、そのおかげで?、今では泊中学校が、日本で初めての(唯一の?)オール電化の中学校となっている。

原発が誘致されることで、住民の間に軋轢が生まれ、亀裂が生じることがよく聞かれるけれど、その方法として、大手広告代理店が、そのマーケティング力を生かして、住民の中に入り徹底的に住民同士の関係を洗い出し、明らかにした上で今までに築き上げた信頼関係を壊していくことが仕事となっていると聞いて、本当に驚いた。

また、今は震災後のガレキ処理に関しての広告によって、ガレキを受け入れない県は酷い県であるかのように、国民の気持ちを誘導していく働きをしていると聞いた。

また、あるとき、原発の立地候補に住む、アウトドアが趣味の人が、酒場で隣り合わせた人と親しくなり、話をしていくうちに、その里山にどんな植物が生えているかという話題になって、隣り合わせたその人が、どこに何が生えているかとても詳しく話すので、なぜそんなに、住民以上に詳しいのか尋ねると、実は電力会社から派遣されて、現地のリサーチをしているとのことで、もし原発を建設するとなった時に、希少植物がその土地に生えていると、あとで裁判沙汰にならないように、その希少植物を根こそぎ引っこ抜いてくるのが仕事なのだと話したそうで、ある意味、仕事熱心?ではあるけれど、目先のことにしか目がいかない、想像力が働かない怖さを思い知り、あきれるを通り越して、背筋が凍る思いがした。

今日は、少年が2人来てくれて、夕食の手伝いをしてくれたり、一人の男の子はお父さんも連れてきてくれて、食事をした後、しばらく一緒に紙芝居を見ていった。

通りすがりでも、関わり方は様々で、先入観を持たずに来てくれる少年たちの姿に、ホッとしながら、こういう子供たちが、少しでも健康で、元気に過ごしていけるような社会になるように、頑張らないと・・・。